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Battlefield Vietnam (1)

2004-05-01

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今日から五連休の始まりだ。今年は幸いな事に,暦通りの連休を得ることができた。 E3 に絡む仕事を抱えている人達は,きっと今も四苦八苦していることだろうと思う。特に,今年の E3 は色々とありそうな感じだからなあ……。

連休の過ごし方としては,別段どこへ出掛けるでもなしに,買い物の用事と,部屋の掃除と, Battlefield のプレイに勤しむという,地味なスタイルを貫くことになりそうだ。買い物と掃除なんて一日で済ますことができそうなものだけれど,忙しい日々を送る間に色々と細かなものが溜まっており,冷静に見積もってみると,とても一日では済ませそうにない量であることが分かってきた。


今月に入ってからは, Battlefield Vietnam をプレイすることが週末の日課となっている。今のところ,ネット上での対戦では,もっぱら北ベトナム(ベトコン)側でプレイすることにしている。多くのサーバにおいて,米軍側の方が人数が多くなる傾向にあるためだ。北ベトナム側でプレイする意思のある人は,意識的に北ベトナム側を選ぶようにしないと,人数配分に偏りが出来てしまう。

兵装では全体的に劣っている北ベトナム側にとって,頼みの綱はトンネルと Mi-8 輸送ヘリの存在だ。敵の防衛線の裏側にトンネルを掘れば,ほぼ間違いなく敵拠点を獲得することができる。トンネル自体が非常に見つけにくい形状をしているので(たまに仕掛けた本人でさえ見失ってしまうほどだ),よほど目立つ所に設置しない限りは破壊されることもなく,敵の拠点に波状攻撃を浴びせることができる。

例えば,「ケサン包囲戦」や「イア・ドラン渓谷」などは,トンネルの運用が攻略の鍵となるマップだ。

http://www.planetbattlefield.com/bfv/game/maps/khesahn/

http://www.planetbattlefield.com/bfv/game/maps/ladrangvalley...

両者とも平面的な広がりを持つ地形であるため,兵力を集中させることが難しいマップとなっている。適切な位置にトンネルを掘り,味方の兵力を上手く誘導することができれば,簡単に敵の拠点を落とすことができるはずだ。

スポーン機能の付いた Mi-8 の方は,トンネルよりも更に凶悪な存在だ。戦闘機の登場しないマップであれば撃墜される心配もほとんど無いため,好きな所に好きなだけ兵士を降下させることができる。例えば「ゲームウォーデン作戦」や「ランベイ陥落」においては,米軍側に強力な対空兵器が存在しないため,拠点の上に張り付いた Mi-8 を撃ち落すことができない。ヘリの運用さえ間違えなければ,北ベトナム側が圧倒的優位に立つことができるはずだ。

http://www.planetbattlefield.com/bfv/game/maps/gamewarden/

http://www.planetbattlefield.com/bfv/game/maps/langvei/

この辺りの人海戦術に関しては,北ベトナム側が圧倒的な強さを誇っている。上手くハマると,非常にえげつない攻撃になるので侮れないのだ。


Battlefield Vietnam (2)

2004-05-02

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BFV において,米軍の兵装が全体的に優れているという事実は,もはや揺るぎようの無い共通認識となっていると思う。恐らく制作者側の意図としては,「兵装の強さ」を米軍側の特色とし,それ以外の部分でバランスを取ろうという魂胆なのだと思うのだけれど,これは非常に難しい問題に足を踏み入れてしまっていると思う。

米軍の兵装において特に凶悪なのが,特殊部隊の対戦車兵の装備に見られる「機関銃 (M60), ロケットランチャー (M72 LAW), 救護キット」の組み合わせだ。この組み合わせは中近距離の戦闘においてはほぼ万能であり,もはや他の装備を選ぶ理由は無いのではないかと思わせるほどのものだ。なんと言うか……明らかに装備のバランスが崩れていると思うのだけれど,調整の段階において問題には上がらなかったのだろうかと思う。装備のバランスの悪さについては前作 (Battlefield 1942) でも問題になっていたことを考えると,よほど何かのこだわりがあるのか,あるいは本当に気づいていないかのどちらかなのではないかと思う。

北ベトナム側に関しては,どの装備を選んでも一長一短であるため,逆に装備のバランスはとれているという側面がある。まあ,どれを選んでも M60 が来たらひとたまりも無いのだけれど……。

威力や精度,組み合わせなどの点において北ベトナム側の兵装が劣っていることは明らかであるものの,地味な欠点として個人的に気になっているのが,北ベトナム側の銃火器にに見られるマズルフラッシュの強さだ。北ベトナム側の AK-74 や RPD では銃口周辺を完全に覆ってしまうようなマズルフラッシュが発生するのに対して,米軍側の M60 や M16 では十字ないしは「*」形のマズルフラッシュが発生するようになっている。細かな違いではあるのだけれど,視認性に対して少なからぬ影響を与えているように思える。現に RPD などを連射していると,敵の行方を見失ってしまうことが多い。ただでさえ北ベトナムの銃火器は反動が大きいのに,そのうえ見失いやすいとあっては当たるものも当たらなくなってしまう。恐らくは実物の兵器の仕様を反映したものなのだろうけども,地味に気になるハンディキャップとなってしまっている。

そのようなわけで,威力は弱いけどもブレの少ない MAT-49 を使ってみたり,敵の落とした装備を拾いまくってみたりと,地味な努力を積み重ねている今日この頃だ。 AK-74 を使いこなすことさえできれば,もう少し勝率が上がると思うのだけれど……。


Battlefield Vietnam (3)

2004-05-03

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BFV の標準マップには,大きく分けて3種類の形式が存在する。ひとつは,平面的な広がりを持つ地形において拠点の奪い合いを行うという野戦形式のマップ,もうひとつは,中規模の密林地形において白兵戦を繰り広げるという密林戦形式のマップ,最後は,比較的小規模な市街地形において集中的な戦闘を行うという市街戦形式のマップだ。細かいことを言えば,「フレーミング・ダート作戦」や「アーヴィング作戦」のような防衛戦形式のマップも存在するのだけれど,これらのマップは非常に難しいバランスに設定されているうえに,一方的な展開に傾きがちなきらいがあるので,ここでは敢えて無視したいと思う……。

前作 "Battlefield 1942" に最も近い雰囲気を持っているのは市街戦形式のマップだ。ただ,前作よりも武器の威力が全体的に向上していることや,ロケットランチャーや迫撃砲などのように遠距離攻撃の可能な携行兵器が登場したことにより,戦闘がより熾烈なものとなっている。結果的に,局地的な撃ち合いにおける勝敗が戦局の変化へと反映されてしまう可能性が比較的高くなっており,その点がこのゲームの FPS としての色合いを強めているように思える。以前 "DesertCombat" に関してげーはなさんと話したときにも出たことなのだけれど,もともと FPS としての色合いが薄い Battlefield シリーズにとって,この傾向はあまり無条件に受け入れられるべきものではないのではないかと思われる。

FPS 的な展開に関しては,それはそれで面白い側面も存在するのだけれど,アクション性の向上が逆に戦略性を低下させ,結果的に面白さを大きくスポイルするものとなってしまっているように思える。いくら多人数対戦ゲームとは言え,本当に 25 対 25 が一箇所に集まって撃ち合いを始めたら,それは単なる虐殺ゲームとなってしまう。クアンチ戦などで残り一拠点の状態になると,本当にそのような状況が出来上がってしまうのだけれど,これは攻守の双方にとって酷くつまらない展開だ。

http://www.planetbattlefield.com/bfv/game/maps/quangtri/

市街戦でも,中盤の展開には比較的面白い側面が存在する。瓦礫や建物の形状を上手く活かして,敵を待ち伏せている瞬間などは非常にスリリングであるし,逆にそれをやられると非常に悔しい思いをする。しかし,一方に形勢が傾き,戦闘の密度が高まってくると,そのような凝った戦略をとっている余裕も無くなり,戦闘に出ては死に,出ては死に……の繰り返しになってしまうというのが実情だ。

結局のところ, BFV における市街戦のスタイルと,「拠点争奪方式」というシステムの組み合わせは,根本的に適合できていない側面があるように感じられる。そこを無理に組み合わせてしまっていることが,そもそもの間違いなのかもしれないと思う。


Battlefield Vietnam (4)

2004-05-04

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前出の3種類の形式のマップの中で,最も「BFV らしい」スタイルを持つマップを挙げるとすれば,やはりそれは密林戦形式のマップだろうと思う。草木の間に息を潜め,敵兵の足音に耳を傾けながら,道無き道を突き進む展開などは,他のゲームではなかなか味わうことのできないものであると思う。

この形式のマップにおいては,装備の性能の差はそれほど致命的な問題にはならない。そもそも,発砲すること自体が敵に位置を教えるようなものなので,一撃必中こそが最善の策となる。

地形を効果的に利用した戦略を展開できることも,密林形式のマップが持つ魅力のひとつだ。視界の悪い密林に身を隠しながら移動すれば,いくらでも敵の裏をかくことはできるし,防衛側も常に監視の目を光らせる必要があるなど,非常に緊張感の高い展開となる。また,北ベトナム側のトンネルが強力な武器となるマップでもある。

このようなスニーキングゲーム的な側面もある一方で,熾烈な銃撃戦の繰り広げられるマップでもあることが, BFV の密林戦マップの特色となっているように思える。これは, BFV における密林戦マップであるところの「カンボジア侵攻」や「ホーチミンルート」が,1本の街道を舞台とした一次元的な構成を持つマップであることが原因となっていると思われる。

http://www.planetbattlefield.com/bfv/game/maps/hochi/

http://www.planetbattlefield.com/bfv/game/maps/cambodian/

このような構成のため,必ず街道上の何処かのポイントに「前線」ができてしまい,そこに両軍の兵力が集中してしまう。そこでの押し合いがメインの展開であり,隠密行動云々はあくまでも副次的な作戦となってしまうというのが実情であるように思われる。

逆に,下手にトンネルなどを使って裏をかいてしまうと,そこに兵力が分散した結果,前線の兵力が手薄となってしまい,結果的に不利な展開となってしまうことさえもある。その辺りのことを考慮すると,実に微妙な性質を持つマップとなってしまっていると思う。

過去の BF 1942 用ベトナム戦 MOD "Eve of Destruction" などでは,広がりを持つ密林戦マップにおいて「とりつとられつ」の状況を作り出すことに成功していたことから,デザイン次第では同様の展開を作り出すことも十分に可能であると思うのだけれど……。


Battlefield Vietnam (5)

2004-05-05

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結局のところ,現状の BFV において最も展開が豊かなのは,野戦形式のマップであるように思える。代表的なマップとしては「ケサン包囲戦」や「イア・ドラン高地」,「アルバニー着陸地点」などが挙げられる。

http://www.planetbattlefield.com/bfv/game/maps/khesahn/

http://www.planetbattlefield.com/bfv/game/maps/ladrangvalley...

http://www.planetbattlefield.com/bfv/game/maps/albany/

これらのマップは平面的な広がりを持つことから,明確な前線というものが成立しにくい構成となっている。そのため,どちらかが主導権を握るような展開を作り出すことは難しく,拠点を取っては取られ,取り返しては取り返されのラリーが発生しやすい。さすがに残りの拠点がひとつになってしまうと,完全な包囲戦が始まってしまい,逆転することは難しくなってしまうのだけれど,拠点が二ヶ所以上存在する状態ならば,そこから逆転する可能性は十分に残されている。この辺りの「拠点の奪い合い」が,最も Battlefield らしい展開であると感じられる。

また,前作と比較して移動に関する制約が少なくなったことが,野戦における展開の広がりに対して良い効果をもたらしているように思える。前作 "Battlefield 1942" では,道や谷や橋などのように,移動を制限する地形要素が多く存在したことから,敵の侵攻経路をある程度予測することが可能であった。これが近作の野戦マップでは,地形の平坦化によって自由な移動が可能になったことや,草木をはじめとする遮蔽物の増量によって隠れながらの移動が可能になったこと,また,ヘリコプターや水陸両用車のように地形的制約の少ない乗り物が多くなったことなどによって,どのような経路によっても敵陣に近づくことが可能となっている。これは,防衛側のリスクを大幅に増すこととなり,拠点を多く持つ方が防衛に関して不利になるという,ゲーム的に望ましいバランスを作り出しているように思える。

野戦形式のマップに登場する特徴的な要素のひとつが,ヘリコプターの存在だ。これは,一見すると戦法を大きく変化させる要素であるようにも思えるのだけれども,実際のところは,単に地上攻撃の得意な航空兵器でしかないというのが現状であるように感じられる(ただし北ベトナム側のスポーン機能を持つヘリを除く)。数人の兵員が輸送できるとは言っても, Battlefield においては単発での兵員投入にはほとんど効果が無く,連続的な波状攻撃をしかけないことには実質的な攻撃にはなりにくいという側面がある。本当にヘリを兵員輸送の手段として運用するならば,組織的な行動をとることが必要だ。ただしこれは,「非組織的な協力プレイ」という Battlefield のプレイスタイルに反するものであることから,このような運用が実現されることはほとんど無いだろうと思う。

結局のところ,ヘリは単なる攻撃手段のひとつでしかないのだけれど,それでも十分に侮れない要素となっていることは確かだ。特に米軍側の戦闘ヘリの火力はすさまじく,北ベトナム兵の一団を圧倒させるに足る脅威となっている。これに対抗するのが,北ベトナム側の対空ミサイル兵の存在だ。このふたつの要素の勝負は,戦闘ヘリの方がやや優勢ではあるものの,対空ミサイル兵も意外と頑張っていて,撃墜率はそこそこに高い。この辺りは実に絶妙なバランスとなっていると思う。


Battlefield Vietnam (6)

2004-05-06

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前述のように,移動に関する自由度の向上や,携行火器の全体的な性能の向上は, BFV のゲームデザインに対して大きな影響を及ぼしているように思える。その影響のひとつとして挙げられるのが,爆薬や地雷をはじめとするトラップ系の武器の無力化だ。これはどちらかと言えば,悪い影響の方に分類されるものであると,個人的には考えている。

前作 Battlefield 1942 においては,橋やバリケードの合間などのように,地形的に重要な意味を持つポイントに対して,爆薬や地雷のようなトラップを仕掛けておくことによって,敵の侵入を防ぐことができるという要素が存在した。これは Battlefield シリーズの持つ戦略性を高めるうえで重要な要素であったと考えられる。例えば,地雷などは味方の移動をも制限するものであったことから,設置には様々な考慮が必要とされた。味方の動きを制限することなく,敵の侵入を防ぎ,味方には見つけやすく,敵には気づかれにくい……そのようなポイントに設置することができれば,地雷は絶大な効力を発揮することができたし,逆にその選択を誤れば,味方から非難されることさえもあった。

このような要素が,今作 BFV においてはかなり薄まっている。移動の自由度が高まったことによって,トラップを仕掛けるのに適した要所というものが存在しなくなってしまったわけだ。もちろん,それほど重要ではない適当な箇所に設置することも可能ではあるものの,実際には,これらの武器は味方を傷つけてしまう可能性が非常に高いため,無意味に設置することはできないという制約が存在している。そもそも,携行火器の威力が向上したことにより,戦車をはじめとする地上兵器の優位性は失われてしまい,これらの移動を制限する戦略にさほど重要な意味は存在しなくなってしまった。

また,今作には竹釘や撒きびし,対人地雷や仕掛け爆弾(エンジンの作動によって発動するトラップ)のような,新たなトラップ系の武器が追加されているものの,実際にはこれらの武器はほとんど使われていないように感じられる。これらの武器は,このゲームをより「ベトナム戦争らしく」見せるための要素として用意されたものであるはずなのだけれど,今のところほぼ完全な空振りに終わってしまっているというのが実情だ。雰囲気の構築が重要なファクターとなるジャンルだけあって,この失敗は大きな誤算として受け取られるべきものであろうと思う。


Battlefield Vietnam (7)

2004-05-07

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以上のような粗捜しはともかくとして,もっと大局的な見地に立った場合, "Battlefield Vietnam" は果たして成功であっただろうかと思う。 DICE の公式リリースによれば,同ゲームは発売から2週間で70万本の売り上げ(恐らく出荷数)を記録したとされている。これは, PC ゲーム市場の基準からすれば非常に良い成績ではあるものの,発売から約1年の間に300万本の売り上げを記録したシリーズの続編としては,やや控えめなものであるようにも感じられる。

http://global.dice.se/press/pressreleases/?article=df670881-...

http://global.dice.se/press/pressreleases/?article=a0109c9a-...

ただし,このゲームが実質的には前作の進化版に過ぎないことを考慮に入れると, DICE の立場としては思惑通りに事が進んでいると見るのが正しいのではないかと思う。これは個人的な予想に過ぎないのだけれど,開発側にとっての BFV とは, BF シリーズの「新作」ではなく,「拡張パック」のひとつに過ぎないというスタンスなのであろうと思う。もっとありていに言ってしまえば,いわゆる "mod" のひとつとして分類されるものだ。グラフィックエンジンや AI のような部分的なシステムに関して細かな改良は行われているものの,コアとなるシステムに関しては前作のものがほぼそのまま継承されている。恐らく,開発コストのほとんどは新たなマップを制作することに費やされているのではないかと思う。

DICE は "Battlefield 1942" の発売から約1年の間に "Battlefield 1942: Road to Rome" と "Battlefield 1942: Secret Weapon" のふたつの拡張パックを発売している。また, "Battlefield 1942: Deluxe Edition" のような「お買い得パッケージ」も発売しており,それぞれそこそこに良い成績を収めている。

http://www.gamegossip.com/tools/print.php?id=5962

このような拡張パックのラインとは別に,正式な「新作」の制作を行う動きが,既に公式な情報として発表されている。 PS2 向けの "Battlefield: Modern Combat" と, PC 向けの "Battlefield 2" がそれだ。

http://global.dice.se/press/pressreleases/?article=fdd3f4c6-...

http://global.dice.se/press/pressreleases/?article=92890769-...

このうち BFMC は DICE のヨーテボリ・スタジオが制作を担当し, BF2 はストックホルム・スタジオが制作を担当することが公表されている。これは,続編を曖昧なスタンスで開発してしまうのではなく,それぞれのプラットフォームの特性に合わせた製品を提供するという意気込みの表れなのであろうと思う。

結局のところ, BF シリーズの本当の「新作」はこれら "BFMC" と "BF2" であり, "BFV" は「中継ぎ」として制作された「拡張パック」に過ぎないとみることができるのではないかと思う。拡張パックに関しては,前二作において第二次世界大戦ネタを使い尽くしてしまった感があり,またこれらの製品が拡張パックとしての体裁をとっていることから,新作の半分程度の価格でしか売ることができないという制約も存在した。しかしここで「ベトナム戦争」という新たな舞台を持ち込むことによって,従来の拡張パックとの差別化を行うことができれば,「新作」として通常の製品価格で販売を行うことが可能となる。また,制作要員として, BFMC や BF2 の本格的な制作が開始されるまで手が空いてしまうであろうレベルデザイナー達を投入することができれば,人材運用の面から見ても良い条件を得ることができる。

BFV が発売の時点で必ずしもベストの状態になかったことは,ユーザとして非常に残念なことではあるけれど,大局的に見て BFV は期待通りの結果を収めることができているのではないかと思う。折しもアメリカにおいてはイラクへ戦争や大統領選挙などのイベントが立て続いており,ベトナム戦争に対する潜在的な関心が掻き立てられるような状況が出来上がっている。この時期にベトナム戦争を題材としたゲームを投入できたことは大きなアドバンテージであり,来たる正式な新作の登場までユーザの興味を維持させるという役割を十分に果たすことができているのではないかと思う。


Battlefield Vietnam (8)

2004-05-08

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先日,ゲームブログサイト "Water Cooler Games" に以下のようなポストがあった。

http://www.watercoolergames.org/archives/000120.shtml

このポストは,ジャーナリズムサイト salon.com に投稿された Wagner James Au 氏の記事 "John Kerry: The video game" を紹介したものだ。

http://www.salon.com/tech/feature/2004/04/13/battlefield_vie...

この記事において Wagner 氏は, "Battlefield Vietnam" が来たる大統領選に対して与えうる影響について,様々な考察を巡らしている。この記事は,アメリカ国内における戦争ゲームの影響力の大きさを示唆するものでもあり,非常に興味深い内容となっている。

まず驚くのは,アメリカの若年層に対する戦争ゲームの影響力の大きさだ。 Wagner 氏は具体的な調査結果を示しながら,その影響力の高まりを指摘している。

マーケティング会社である i to i research 社は,最近,アメリカの若年層が米軍に対して抱いている好印象の理由を尋ねた調査を完了させた(ちなみに,この若者たちは圧倒的に軍支持の方向に傾倒しており,その信頼感は他の機関を遥かに凌駕している。ケリー氏の陣営が,彼が議会に入る前に公聴会において行った反戦内容の宣言 "Winter Soldier" をひた隠しにしようとしている理由のひとつは,ここにあるのだろう)。また, i to i 社がその子供達に対して,軍隊を賞賛する理由を尋ねてみたところ,そのうちの 40% は最近のアフガニスタンとイラクにおける戦闘を理由として挙げた。

しかし他方で, 30% の子供たちは,その理由として "America's Army" を挙げているのだ。

若年層が圧倒的に軍事行動を支持しているという IOP (Institute of Politics) の調査結果も印象的なものだけれど, America's Army の持つ影響力の大きさも圧倒的なものだ。

公式サイトの発表によれば,同ゲームの登録者数は既に延べ300万人を超えているとされている。

http://www.americasarmy.com/intel/fullstory.php?i=1093

その詳しい内訳は公表されていないものの,アメリカにおける10代男子の人口が約2000万人程度であることを考慮すると,300万という数値は相当の浸透率を意味するものと考えられる。

これらの雑音の中に含まれる事実を明らかにするために,別の言葉で言い換えてみることにしよう……つまり,この国の若者達のうち,約3分の1は,軍隊に対して好意的な視点を持っているわけだが,それは昨今行われた実際の出来事に基づくものではなく,それをただシミュレートしているだけのコンピュータゲームをプレイしたことに基づいているのだ。

この実態を考慮するならば,既にシリーズを通して300万本以上の売り上げを記録している Battlefield シリーズの続編であるところの "Battlefield Vietnam" が, "America's Army" と同じような影響をアメリカの若者達に対して及ぼしかねないという見方も,あながち飛躍した考えとは限らないと Wagner 氏は述べている。これは,今回の大統領選において雌雄を決しようとしている二人の候補が,それぞれベトナム戦争に対して対照的な関わりを持っていることに起因する。

http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/wadai/archive/news/2004...

http://www.nishinippon.co.jp/news/wordbox/2004/report/0215_3...

おおまかに言えば……もしあなたが「ベトナム戦争は,昨今のテロリズムに対する戦争と,イラクの占領に関して,適切な教訓を与えてくれるに違いない」と考えるならば,あなたはケリー氏に投票するだろう。あるいは,もしあなたが「ベトナム戦争が今の戦争に関して教えてくれることは少ないに違いない」と考えるならば,あなたはブッシュ氏に投票するだろう。しかし,この選挙における勝利の行方は,まだ心を決めかねている3分の1の国民によって決められる。この人々にとって,ベトナム戦争の印象は重要な鍵となるうるものだ。

今この瞬間,大衆文化におけるベトナム戦争の目立った描写は,このコンピュータゲーム (BFV) のみとなっている。11月になれば,何百万という浮動因子が彼ら自身の意思を決めることになる。そして,これからの数ヶ月の間に,何十万という人々が "Battlefield Vietnam" をプレイしようとしているのだ。

この記事において Wagner 氏は, "LtJhon Kerry" という名前のプレイヤーを演じることによって, BFV プレイヤー達の心理を探りつつ,自分自身の心境の変化をも探ろうとしている。その結論はひどく曖昧なものであるものの(その曖昧さは,ケリー氏の外交政策の曖昧さに起因するものでもある),少なくともケリー氏に関して何らかの印象を誘発する要素であることを示唆するものとなっている。


休日の終わり

2004-05-09

黄金週間も今日で完全に終了となり,明日からはまたいつも通りの日々が戻ってくる。 BFV に関しては,連休のうちに見切りをつけるつもりだったのだけれど,結局のところ,まだだいぶ未練が残っている。パッチがリリースなどされたら,また再燃してしまいそうな感じだ。

連休の締めくくりとして,最後に実際のベトナム戦争に関しておさらいをしてみた。

全体の概要については Wikipedia の当該ページが参考になる。

http://en.wikipedia.org/wiki/Vietnam_War

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%...

また,ミリタリーマニア的な観点としては special-warfare.net の解説などが参考になる。

http://www.special-warfare.net/data_base/101_war_data/vietna...

http://www.special-warfare.net/data_base/101_war_data/vietna...

実際の戦禍の様子を知るには, goo ニュースのサイトにある写真報道展のページなどが参考になるのではないかと思う。

http://news.goo.ne.jp/news/exhibition/vol_01/enter.html

http://news.goo.ne.jp/news/exhibition/gaga/

結局のところ, BFV は「背景としてのベトナム戦争」を上手く取り入れることに成功していると思う。意外なところでは,サウンドトラックに著名なオールディーズ・ソングをそのまま取り入れたことが,極めて好意的に受け入れられているようだ。

あとは,どうせなら,実際のベトナム戦争の雰囲気を再現するよりも,むしろベトナム戦争映画の雰囲気を取り込むことに対して貪欲になっても良かったのではないかと思う。例えば, BF 1942 のベトナム戦 mod であるところの "Eve of Destruction" には, "Hamburger Hill" などのように,映画を元ネタとしたマップが幾つか存在する。どうせ大衆文化におけるベトナム戦争のイメージなどは,そのほとんどが戦争映画を元としているのだから,そこまで貪欲になってしまっても構わないのではないか……ということだ。


Winny

2004-05-10

普通の月曜日。5月病のようなものは無くて,案外すんなりと仕事に着手することができた。暦通りの連休だったとはいえ,あれだけまとめて休んでしまうと,いきなり仕事に復帰するのが怖くなってしまうことがある。それが今回の場合は,ことのほか軽かった感じがした。


Winny の開発者が逮捕されたということに関しては,昼のニュースの時点で知っていたのだけれど,その開発者が「あの」金子さんであることを知ったのは,それよりもずっと後のことだった。

もはや衝撃であるとしか言いようがない。

金子さんとは直接の面識は無いものの,草の根コミュニティにおける一方的な関係は,僕が学生の頃から存在した。プログラミングの学習を行ううえで,氏の文書やソースコードを参考にする機会は非常に多くあった。特に,物理挙動プログラミングの導入に関して,氏がコミュニティに対して及ぼした影響には,計り知れないものがあるのではないかと思う。僕が今でも度々利用することのある Mass-Spring 物理モデルも,学んだきっかけは氏の作成したプログラムにあったと記憶している。

氏の作成するプログラムには,ただのサンプルプログラムには有り得ないほど多くの「遊び」の要素が含まれており,それが大きな魅力となっていたように思える。もとは誘導ミサイルの挙動を再現するために作成されたソフトであるはずの "NekoFlight" において,何故か自機がガウォーク形態に変形してしまったり,高度を上げ続けると大気圏を飛び出してしまったり,しまいには地球の姿が見えてきてしまったり……そのようなギミックを嬉々として入れ込こんでしまう氏のパワーには,ある種のカリスマが感じられた。技術を技術として片付けてしまうのではなく,技術を道具として使いこなす才能を備えた人物であったと思う。

氏が Winny を作成したということに関しては,理解できる側面があるような気もしなくない……ただ,このことに関しては,今後の展開において,氏自身の言葉によって語られるべきことであり,今の時点では僕がどのような憶測も差し挟むべきではないと感じる。

ともかく,現在の展開には大いにアンフェアなものが感じられる。氏が然るべき立場を取り戻すために必要とされるものがあるようであれば,個人として出来る限りの支援は行いたいと考えている。それは,一介の技術者としてのシンパシーから来るものでもあり,また,氏を一方的に知り,尊敬する者としての精一杯の応援でもある。


Google Cluster Architecture (1)

2004-05-11

先日, Bob Congdon 氏が自身のブログにおいて次の記事を紹介していた。 Tristan Louis 氏のブログ "The TNL.net weblog" にポストされた記事 "How many Google machines" だ。

http://www.tnl.net/blog/entry/How_many_Google_machines

この記事は,先日の Google 社の IPO 申請に伴って公開された S-1 書類の内容から, Google のクラスタに利用されているマシンの台数を推測してみようという内容ものだ。

件の S-1 書類によれば,同社はハードウェア設備に対して既に2億5千万ドルの費用を投入していることになっている。

http://i.i.com.com/cnwk.1d/pdf/ne/2004/google.pdf

ここで, IEEE Computer Society の機関紙 "IEEE Micro" の 2003 年 3, 4 月号に掲載された記事 "Web Search For A Planet: The Google Cluster Architecture" を参照してみると, 2002 年後期の時点における代表的なハードウェア構成である "88 dual-CPU 2-GHz Intel Xeon servers with 2 Gbytes of RAM and an 80-Gbyte hard disk" の価格は,約28万ドルであるとされている。

http://www.computer.org/micro/mi2003/m2022.pdf

前述の2億5千万ドルには,冷却設備やネットワークインフラの費用なども含まれているはずなので,全てが純粋にサーバの導入費用として勘定できるわけではない。ここで Louis 氏は,とりあえずサーバ以外の費用を5千万ドル程度と見積もって,残りの約2億ドルがサーバの導入に費やされたものと仮定している。

すると,次のような概算が弾き出される。

* ラック数 … 359 個
* マシン数 … 31,654 台
* CPU 数 … 63,184 個
* 処理能力 … 126,368 GHz 相当
* メモリ容量 … 63,184 GB
* ディスク容量 .. 2,527 TB

また,これを大まかな概算によって演算能力へと変換すると,恐らく 250 TFLOPS 程度になるのではないかと Louis 氏は指摘している。これは,現時点で最も高い演算能力を持つスパコンとされている JAMSTEC の「地球シミュレータ」が 40 TFLOPS 程度であることを考えると,驚異的な数値であることが分かるのではないかと思う。

ただし,先の Google File System の話にもあったように, Google のシステムはソフトウェア的に冗長性を実現するという特徴を持っており,そのために多くのプロセッサ能力が費やされているという側面がある。また,地域毎に異なるハードウェア設備を用意していることを考えると,全てのハードウェア設備を一緒くたに扱ってしまうことにも問題がありそうだ。

しかしそれでも,これだけのハードウェア設備を導入し,それを驚異的なローコストで管理し,そのパワーを有効に引き出す仕組みを持っていることが, Google 社の最大の強みとなっている。先ほどの IEEE Micro の記事には,その辺りの設計思想に関しての説明が簡潔に書かれており,非常に興味深い読み物となっている。


Google Cluster Architecture (2)

2004-05-12

前出の IEEE Micro の記事 "Web Search For A Planet: The Google Cluster Architecture" において, Google 社の研究員である Luiz André Barroso 氏らは, Google の検索エンジンを構成しているアーキテクチャの概要と,その設計思想について簡単な解説を行っている。その内容はあくまでもイントロダクション的なものであり,詳細な解説ではないものの,ここまで専門的な内容を扱った記事は珍しく,個人的には非常に参考になるものがあった。

まず, Google 検索エンジンのアーキテクチャに見られる最大の特徴は,これが普通の低価格帯 PC によって構成されているという事実ではないかと思う。件の記事には次のような記述がある。

我々は,信頼性の低い通常の PC クラスタによって,信頼性の高いインフラを作り上げたことが,最も優れた価格対性能比をもたらしたと信じている。我々は,異なるマシン上に複製を作成するサービスや,自動的に失敗を検出する機能を備えることによって,ソフトウェアのレベルでの信頼性というものを作り出している。このようなソフトウェアベースの信頼性は,様々な異なる領域の問題をカバーし,また,我々のシステム設計に対して様々な影響を与えている。

このような「ソフトウェアベースの信頼性」を支える技術に関しては,前出の "Google File System" の論文において詳しく触れられている

http://www.cs.rochester.edu/sosp2003/papers/p125-ghemawat.pd...

もうひとつ,信頼性の他に重要な要素となるのが, Google の検索処理に見られる並列性の高さだ。

件の論文によれば, Google の管理するインデクス情報は,「シャード」(「破片」や「鱗」の意)と呼ばれる部分的な情報へと分割されている。それぞれのシャードに対しては,複数のマシンから構成されるプールが割り当てられており,それらのマシンはロードバランサによって常に高速な応答が得られるよう管理されている。このような仕組みによって,全インデクスに対する単一の検索処理は,複数のシャードに対する複数の検索処理へと分散されるようになっているわけだ。

このような処理の並列化が行われることによって, Google の検索エンジンとしての性能は,個々のマシンの性能には捕らわれないものとなっている。

各プールに対してマシンを追加すれば,サービスの許容量は増加し,シャード数を増やせば,インデクス量の増加に対応することができる。検索処理を多数のマシンに対して並列化させることによって,トータルでの処理量は多数の CPU とディスクに対して分散され,返答までに要される遅延時間の平均値は減少する。個々のシャードは相互にコミュニケーションを行う必要が無いため,結果として得られる速度の増加は線形な変化となる。言い換えれば,個々のインデクスサーバにおける CPU 速度は検索の全体的な性能に対して影響を与えないということだ。シャードの数を増やせば遅い CPU にも対応させることができるし,その逆もまた可である。

このように,安価な PC によってクラスタを構築するという選択は, Google のシステムに対して信頼性と処理速度の向上を同時にもたらす理想的なソリューションとなっている。ただしそれは,大部分のデータがリードオンリーであり,かつ,処理の高度な並列化が可能であるという,ウェブ検索に特有の性質によって実現されているものだ。言い換えれば,ウェブ検索という特殊性の高いアプリケーションが,このように奇妙な姿を持つ化け物クラスタを作り上げたということなのだろうと思う。


忌引

2004-05-13

今日は祖母の告別式に参列するために忌引休暇を取ってある。早朝に実家を発ち,親の運転する車で静岡へと向かう。

式が終了した後は,新幹線に乗って東京へと戻った。実のところ,新幹線に乗るのはこれがたかだか2度目であったりする……親戚が全て関東近辺に揃っているものだから,外に出る機会が何かと少なかったのだろうと思う。あまり旅行らしい旅行も普段しないし……。

ふと考えてみると,自分にとって祖父や祖母にあたる人は,もう全ていなくなってしまったという事実に気がつく。

もう,そういう年齢になってしまったということなんだろうな,と思う。


Google Cluster Architecture (3)

2004-05-14

結局のところ,処理の高度な並列化が可能であるという特徴を有効に活かしていることが, Google の持つ高速性の基になっていると考えることができる。このようなシステムにおいては,単一のサーバとしての性能の向上を追求するよりも,より多くの安価なマシンを導入した方が,速度と信頼性の両面において良い結果を得ることができる(ただし,代わりに電力と排熱の問題を考慮に入れなければならないのだけれど,これに関しては記事の後の方に触れられている)。

件の記事には,以下のような「設計原則」が挙げられている。

* ソフトウェアによる信頼性: 無停電電源装置や RAID 装置,高品質な部品構成,等々によるハードウェア的な耐障害性 (fault-tolerant) の実現は避け,その代わりにソフトウェア的な耐障害性の実現に着目している。
* 多重化によるスループットの向上: マシンの信頼性は本質的に低くなっているため,内部サービスは多数のマシンに対して多重化されている。これらのサービスは,適切な許容量を得る目的での多重化が既に行われているため,このような耐障害性はタダ同然で実現することができる。
* ピーク性能に対しての価格対性能比の優先: 購入する CPU の世代は, CPU の絶対的な性能ではなく,単価あたりの性能によって選択される。
* 低価格 PC の利用による演算コストの減少: 例えば,ランク付けのアルゴリズムや,超大規模なインデクスに対する検索処理などのように,更に高等な技術が必要とされる処理に対して,クエリあたりの演算リソースを割くことが結果的に可能となっている。

そのようなわけで, Google のクラスタを構成するハードウェアは,ディスクの容量がやや大きめであるという点を除いては,ミッドレンジのデスクトップ PC 機とほぼ同じ部品から構成されている。件の記事によれば,そのクラスタを構成するハードウェアは,下は 533MHz の Celeron ベースのマシンから,上は 1.4GHz の Pentium III のデュアル CPU マシンまでが含まれているとされている。この記事は,ほぼ1年前(2003 年の 3 月)に掲載されたものであるものの, Pentium III マシンを上限として設定しているのは,随分と低スペック指向であるような気もしないでもない。システムの特性からすると,その程度のレベルが適当な選択なのかもしれないけれど……。

このようにして導入されたハードウェアは,故障が無くとも3年程度で入れ換えられてしまう。クラスタを構成するハードウェアの間に性能差がありすぎると,負荷のバランスをとることが難しくなってしまうためだ。また,このような償却期間の短さを考慮に入れると,個々のマシンにかかるコストのうち,運用コストの占める割合は比較的低くなり,それに相対して導入時の価格の重要性が増すこととなる。

このような条件下においては,高価なサーバ用のハードウェアなどを導入する行為には意味が持たれなくなる。例えば, 4 CPU マザーボードや SCSI ハードディスクなどは,単一のサーバとしての性能を引き上げるためには有効な部品であるものの,価格対性能比に関しては非常に分が悪い。これが Google アーキテクチャの場合には,その分のコストを利用してハードウェアの物量を増やした方が,全体的な性能の向上に繋がるというわけだ。


Parallelization

2004-05-15

Google の検索エンジンは,前述のような処理の並列化を行うことによって,高速な検索処理を実現している。ウェブ空間のように膨大な規模を持つデータベースも,適切な領域の分割と処理の並列化さえ行われれば,スループットを極限にまで引き上げることができる。ウェブ検索という特殊なアプリケーションだからこそ実現することのできた技術なのだろうと思う。

件の記事の終わりの方では, Google の検索エンジンとプロセッサの関係について軽く触れられている。その記述によれば,インデクスサーバ上において Intel Xeon の Hyper-Threading を使用することによって, 30% ほどのパフォーマンスの向上が得られたとされている。これは, Intel が Hyper-Threading の使用時に得られるパフォーマンス向上の上限値として公言しているものと同じ値だ。

Google が扱っているような検索処理は,並列化の恩恵を受けることのたやすい分野のひとつだ。一連の膨大な処理を,互いに干渉することのない部分的な処理へと,いくらでも分割することができる。同様の分割が可能な例としては,衝突・交差判定処理などが挙げられるのではないかと思う。例えば,レイトレーシングにおけるレイと物体の交差判定や,パーティクルアニメーションにおけるパーティクルの反射判定などのようなものは,簡単に並列化を行うことができる。

これが,例えば Gmail のような一般的なアプリケーションになってしまうと,話はだいぶ異なってくるのだろうと思う。ストレージの冗長性に関して GFS が役に立つぐらいのものであり,並列性云々は関係無くなってきてしまう。

並列処理は新たな可能性の感じられる分野でありながらも,まったく馴染みの無い分野でもあり,果たしてこれまで通りの方法論が通じるのだろうかと不安に感じることがある。例えば,「描画できるポリゴン数が2倍や10倍になった」というのは,可能性の広がりとしてはとても分かりやすい類のものだった。しかし,並列化されたアーキテクチャが果たしてどのような可能性をもたらすのだろうかという点に関しては,いまだ明確に見えてこない部分が残されているように感じる。ましてや非技術職の人々にとっては,空を掴むような話になってしまうのではないかと思う。

http://v3.espacenet.com/textdoc?DB=EPODOC&IDX=JP2004005572


Generic Bad Movie Physics (1)

2004-05-16

先日のこと, Bob Congdon 氏のブログにおいて "Insultingly Stupid Movie Physics" (「失礼なぐらい馬鹿げた映画物理」)と呼ばれるページが紹介されていた。

http://www.intuitor.com/moviephysics/mpmain.html

このページは,教育系サイト "Intuitor" のコンテンツのひとつとして公開されているものだ。様々な映画作品の中に描かれている物理現象の誤りを指摘している。言わば「空想科学読本」のノリなのだけれど,空想科学の方はその指摘自体が作品を楽しむためのアプローチのひとつとなっているのに対して,こちらの方はかなり本気でリアリティの追及を行うものとなっている。

例えば,まず最初に指摘されているのは,「物体に当たった弾丸が火花を生じることはない」という事実だ。戦争映画やアクション映画の類を観ていると,壁や物体に当たった弾丸が鮮烈なフラッシュや火花を生じるという場面に出くわすことがある。しかし,現実世界においては,このような現象が発生することはまず有り得ない。件のページには,その理由が詳しく説明されている。

ほとんどの弾丸は銅皮膜された鉛によってできている。これらの弾丸は,物体に衝突してもフラッシュを生じることがない。たとえ物体が鉄でできていたとしても同様だ。化学産業の分野においては,可燃性のガスが存在する場合には,銅合金ないしは鉛製のハンマーに限定して使用することが常識となっている。これらの物質によって作られたハンマーは,物体を叩いても火花を生じることがない。これが鉄ならば,火花を生じてしまうだろう。

僕はよく知らなかったのだけれど,金属を切断する際に発生する火花の出方によって,その金属の種類を判別するという方法(火花試験)が存在するそうだ。

http://www.hachiman-th.ed.jp/yamadate/fireindex.htm

この時点で,鉛や銅によって構成された弾丸が物体に当たったとしても,鉄のように鮮やかな火花を生み出すことはないということが分かる。件の記事では,このことに加えて,弾丸の持つ運動エネルギーが弾丸自身を溶かすのに十分な量ではないということが指摘されている。

件の記事の指摘によれば,もし仮に,弾丸の初速が持つ運動エネルギーがすべて熱に変換されたとしても,ハンドガン程度の威力(500ジュール前後)では,鉛の融点を僅かに上回るか,あるいは達しないかのどちらかでしかない。ハンドガンよりも高い威力を持つライフル銃(1500ジュール以上)であれば,鉛や銅の融点を上回る可能性があるものの,結果としてこれらの金属は赤熱するに過ぎない。しかも,運動エネルギーが完全に熱へと変換されることはまず無く,そのエネルギーのほとんどは衝撃や変形などの過程で発散されてしまう。


Generic Bad Movie Physics (2)

2004-05-17

銃器の表現に関しては,もうひとつ興味深い指摘がなされている。銃器を発砲する際に発生する「音」に関する指摘だ。

http://www.intuitor.com/moviephysics/mpmain.html#Sound

エージェントは,その冷徹な眼差しを,7階下の公園の,通りを隔てた向こうにある雑踏の中へと向けた。彼は入念に装備を組み立て始める。まず,ストックを銃身に固定し,望遠の付いた照準装置を取り付ける。そして最後に,特大サイズのサイレンサーを銃口にはめ込んだ。 7.62 ミリ NATO 弾を注意深く選び出すと,ボルトアクションを使ってその弾を薬室の中へと送り込む。

間抜けなテロリストが視界の中へと入り込んできた。エージェントは武器を構えると,クールに引き金を絞る。下の通りにいた傍観者は,僅かに「プスッ」という音を耳にしたようだ。エージェントは見つからないように窓から身を引くと,その任務を完了したのだった。

Intuitor の指摘によれば,このシーンには幾つかの明らかな問題点が存在する。まず, NATO 弾のように超音速で飛来する弾丸は,その周囲に小規模な衝撃波を発生する。そのため,たとえサイレンサーが発砲音を完全に消し去ったとしても,弾丸から発生する音(衝撃波)に周囲の人間は気付いてしまう。それは,通常の発砲音ほど分かりやすいものではないものの,少なくとも人目を引くレベルのものであると指摘されている。

もうひとつの大きな問題は,このように音を消去する「サイレンサー」は実在しないという事実だ。

同記事の指摘によれば,比較的小さなハンドガンでも,発砲音の大きさは 150 db にも達するという。騒音の尺度によれば,飛行機のエンジン近くの騒音が 120 db 程度であり,可聴音の上限が 130 db であるということだから, 150 db の音などというのは,相当な騒音であることがわかる。

実際のところ,「サイレンサー」あるいは「サプレッサー」などと呼ばれている装置は,決して音を消すために使用されるものではないようだ。

SWAT チームは時折サイレンサーを利用するものの,これは隠密行動のために用いられるのではなく,密室内で隊員が発砲した場合に,聴覚が奪われないことを保証するために用いられるものだ。部屋の中でサイレンサーの取り付けられていない銃器を発砲すると,一時的に聴覚が奪われてしまう。また,サイレンサーは覚せい剤の密造所を急襲する際などにも用いられる。通常状態の銃器から発生するマズルフラッシュは,揮発性のガスに引火してしまう。この場合,サイレンサーはフラッシュを抑制する装置として働くわけだ。

このように,サイレンサー(この名称は技術的に正しくないため,「サプレッサー」と呼ぶ方が好ましいとされている)は,発砲音を聴こえないレベルにまで抑えることを期待されているものではなく,聴覚にダメージを与えない程度にまで静めるのと同時に,発砲時に発生するマズルフラッシュを抑えるための装置として用いられているもののようだ。

音の大きさの単位はデシベルであり,つまり,対数スケールによって表現される。これは,例えば 150 db の音源から放出されるエネルギーの半分を遮断することに成功したとしても,音の大きさとしては 3db 程度しか低下しないということを意味している。本当に「プスッ」というような発砲音を実現するためには,音の大きさを少なくとも 100 db は低下させなければならないのだけれど,これには,音源のエネルギーを 10 の 10 乗分の 1 程度にまで削り込む必要がある。

映画「ブラックホーク・ダウン」では,耳元で機関銃を連発されたショーン・ネルソン下仕官が聴覚を失ってしまうというシーンがあるのだけれど,映画の中では発砲音が控えめに表現されている(少なくとも,役者の台詞が聴こえる程度にまで抑えられている)ため,説得力が弱くなってしまっている。しかし,実際には機関銃の発する騒音などは相当のものであり,聴覚を失ってしまうのも当然であるということだ。


Generic Bad Movie Physics (3)

2004-05-18

もうひとつ,銃器の表現に関連する記述で,個人的に興味を引かれたのが,発砲時の熱に関する指摘だ。

http://www.intuitor.com/moviephysics/mpmain.html#mac10

この章において Intuitor は,銃器の弾丸供給と発熱の問題について触れている。

ここで槍玉に上げられているのは, "MAC M10" と呼ばれる短機関銃だ(いわゆる「イングラム」)。この銃器は,非常に高い連射性能を持っていることから,アクション映画等において好んで使用されている。しかし実際には,映画で描かれているような派手な連射をできる銃器ではないようだ。

資料によれば, MAC M10 の連射性能は分間 1100 発となっている(ちなみに M11 では 1600 発にまで引き上げられている)。

http://world.guns.ru/smg/smg22-e.htm

M10 に使用されるマガジンのキャパシティは最大で 32 発となっているから,持続連射を行うと 1.7 秒ほどしか持たない。また,連射を行う場合には,発砲回数に相当するだけの弾丸を持ち歩かなければならない。例えば, 3 分間の連射を行うには 3,300 発の弾丸を持ち歩く必要があり,これは約 50 kg もの重量に相当する。

このように,アクションヒーローが見せてくれる M10 の連射には,マガジンのキャパシティと弾丸の重量の2点において無理のあることが指摘されている。

もうひとつの問題は,発砲の際に生じる熱の問題だ。発砲時に発生する高熱のガスは微量ながらも銃身を加熱する。これは,拳銃のような連射性能の低い銃器では目立った問題とならないものの,機関銃類においては深刻な問題となりうる。加熱が続くと最終的には「オーバーヒート」(異常加熱)状態となり,銃器の動作に大きく悪影響を与えることになる。 Intuitor によれば, M10 を 3 分間も持続連射すれば,それは赤熱した金属の塊になってしまうだろうと指摘されている。

検索で見つけた FN MAG (M240G) の手引書によれば,同銃器の速射モード(秒間 1000 発)で持続連射を行う場合は, 2 分間毎にバレルの交換を行うことが望ましいとされている。

https://www.tbs.usmc.mil/Pages/Downloads/Student%20Handouts/...

このように,持続連射での使用を考慮された本格的な機関銃類においては,異常加熱を防ぐために連射性能が適度に抑えられていたり,加熱時の対処のためにバレルの交換が手軽に行えるような設計になっていたり,加熱した銃身に触れて火傷をしないように種々の器具が取り付けられていたりと,発熱に対する数々の対策が行われている。


映画の演出家も,このような表現には無理があることを承知しながらも,その方が見た目に格好いいからこそ敢えてそういった演出を行っているのであり,そこにツッコミを入れるのは,少し無粋な行為かもしれない。しかし逆を言えば,この辺りの表現がリアルに描かれているほど,銃器に対する「こだわり」が感じられるようになってくるのではないかと思う。

例えば,ガンマニアとして有名な押井守監督は,自身の作品における銃器の表現に関して非常に気を遣っている様子がうかがえる。同氏の代表作「攻殻機動隊」では,終盤に草薙素子と多足戦車が銃撃戦を繰り広げるシーンがあるのだけれど,ここでは素子が加熱したバレルを交換する様子が詳細に描かれている。普通のアクション映画ではバレルの交換シーンなど描かれないものだから(本格的な戦争映画でもなかなか見かけない),これは少し異様な光景のように映る。押井氏のガンマニアとしての「こだわり」が反映されたシーンとして指摘できるものではないかと思う。


Generic Bad Movie Physics (4)

2004-05-19

Intuitor は,前述のような演出上の要素に対しての指摘を行っている他に,個々の映画作品に対する物理表現の評価も行っている。

http://www.intuitor.com/moviephysics/mpmain.html#reviews

ここでちょっと面白かったのは,派手なアクション映画としての印象の強い作品である「ターミネーター」が,良好な物理表現を行っている作品の例として挙げられていることだ。

http://www.intuitor.com/moviephysics/terminator.html

「ターミネーター」は,かなりまともな物理表現を持つクラシックなSFスリラーだ。しかも,タイムトラベルの持つ性質に関してある種の考察をかき立てるものでもある。カークラッシュは誇張され過ぎておらず,車が傾いたりひっくり返ったりするべきでない場面では,そうならないように配慮されている(他の多くの映画では配慮されていない)。また,ほとんどの場面において弾丸が火花を発することはない。

実生活において銃撃戦やカークラッシュなどを目撃する機会は滅多に存在しない。ゆえに,映画やドラマの中で描かれる表現が,一般的な人々にとっての現実感の基準として固定されてしまう。それらの表現に対して現実性を求めることに意味があるかどうかはおいておくとしても,例えばこの「ターミネーター」のように,娯楽性を保ちながらも現実から離れ過ぎない表現を行うことは,制作者の行うべき配慮の一種として見習うことのできるものだと思う。

ちなみに,「最も酷い物理表現を持つ映画」として指摘されているのは,昨年夏に公開された作品「ザ・コア」だ。

http://www.intuitor.com/moviephysics/core.html

例えば「アルマゲドン」などのように娯楽に徹した作品ならともかく,「ザ・コア」のようにSF色の強い作品において不正確な表現を行ってしまうことは,少し問題のあることかもしれない(少なくともSFファンにとっては大問題だろう)。科学考証の一部分に「穴」を開けて,そこから可能性を広げることがSFの「フィクション」たる所以だとしても,その「穴」が多過ぎて穴だらけの状態では,それはもはや,単なるファンタジーと化してしまうのだろうと思う。


Firearms (1)

2004-05-20

銃器に関する資料を探している間に見つけた "FirearmsID" の図解ページが面白かった。

http://www.firearmsid.com/Galleries/hipoint/index.htm

自動拳銃の動作の様子が動画によって解説されている。ちなみに,モデルとなっているのは Hi-Point Firearms 社の .45 ACP だ。

http://www.mkssupply.com/handgun_details.asp?Gun=45ACP

このほか,自動小銃の動作原理については,いつか見た Howstuffworks の解説が分かりやすい。

http://science.howstuffworks.com/machine-gun4.htm

オートマチック銃の面白いところは,これらの機構がすべて発砲時のガス圧によって動作しているという点だ。これだけ世の中には電気・電子機器が溢れているにもかかわらず,これらの銃器の類は電気を一切使用することなく,純粋に機械的な仕組みによって動作している。初弾の装填を手で行ったあとは,発砲時に生じたガスが様々な機構を作動させ,空薬莢の排出や,次弾の装填,撃鉄の操作などを自動的に行ってくれるわけだ。

また,これらの銃器では,メンテナンス性や生産性を向上させるために,できるだけ部品数を少なくし,シンプルな構造を保つような工夫が凝らされている。そのようなシンプルさゆえに生まれるメカニズムの分かりやすさが,メカ好きにとっての魅力となっているのだと思う。


Firearms (2)

2004-05-21

前述の Howstuffworks のページには,機関銃などで利用されているベルト給弾方式の解説もあった。

http://science.howstuffworks.com/machine-gun5.htm

機関銃の連射速度を上げるには,異常加熱と弾詰まり(ジャミング)の問題に対処しなければならない。このうち,熱の問題に関しては,銃身の周囲に水を循環させることによって冷却を行うという「水冷式」の機関銃も存在したようだ。上の Howstuffworks のページでは,前世紀初頭に実際に利用された水冷式機関銃の例として,イギリスの "Vickers Mark 1" が挙げられている。

http://www.rt66.com/~korteng/SmallArms/Vickers.htm

現在では,携行兵器に水冷方式が用いられることは無いようだ。

ここで,機関銃の持つ限界を機械的に解決しているのが,いわゆる「ガトリング砲」と呼ばれるものだ。

http://world.guns.ru/machine/minigun-e.htm

ガトリング砲は,単純に銃身を複数備えることによって連射速度の限界を克服している。これらのガトリング砲はモーターによって作動するため,モーターの回転数が安定するまでは連射速度が上がらないという欠点が存在するものの,ひとたび勢いに乗ってしまえば恐ろしいほどの連射速度を実現することができるようになっている。

戦闘機に搭載されていることで有名な「バルカン」こと M61 や,戦闘ヘリでお馴染みの「ミニガン」こと M134 では,分間 6,000 発(つまり秒間 100 発!)もの連射速度が実現されているほか, XM214 「マイクロガン」では,分間 10,000 発という信じられないほどの連射速度が実現されている(その代わり口径はかなり小さくなっている)。

ちなみに上のページでは,昔のB級アクション映画によく登場する「個人用ガトリング砲」に対してツッコミが入れられている。曰く,もし仮にガトリング砲を個人で持ち歩くことが可能だとしても,高出力のモーターを動かすためのバッテリーの問題や,排出された薬莢による火傷の危険性,持続連射に耐えうるだけの弾丸を携行した場合の重量の問題,それから,強力な反動(リコイル)への対処など,様々な問題が残されていることが指摘されている。


Pocket Calculator (1)

2004-05-24

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学校を出て以来,日常生活において電卓を使う機会はますます少なくなっている。家に居ても職場に居ても,自分の目の前には計算機の親玉が鎮座しているのだから,わざわざ電卓を取り出して小さなキーを叩くのは,いささかナンセンスな行為のように思える。

しかし,計算機を使いたくなるのは席に座っている間であるとも限らない。席を離れている間に複雑な計算を行わなくてはならなくなることもある。例えば,ミーティング中にデータ容量の概算などを行う場合などに,計算機が無いとひどく苦労する。先日は実際にそのような機会があり,机の奥に潜んでいた関数電卓を引っ張り出してみたのだけれど,いつの間にか液晶画面の半分ぐらいが壊れてしまっており,非常に悲しい思いをした。


マニアの方々に言わせれば,電卓とは即ち HP 社と RPN (逆ポーランド記法)であるらしい。先日の Impress PC Watch の塩田紳二氏の記事などは,まさにそういった視点の内容となっていた。

http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0405/pda33.htm

calculator.org の解説によれば, RPN とは,オーストラリアの計算機学者 Charles L. Hamblin 氏によって考案された記法だ。また,そのアイデアの元となったのは,ポーランドの数学者 Jan Łukasiewicz 氏によって考案された「ポーランド記法」であるとされている。

http://www.calculator.org/calcs.html

上記ページや hpmuseum.org の解説によれば, HP の電卓に RPN が採用された理由は,採用当時のハードウェアの性能と関連があるとされている。 1960 年代の貧弱なハードウェアにとってみれば,数式の解析はそれだけで十分に重い処理だ。それが RPN ならば,スタックマシンを利用するだけで簡単に実装することができるし,表示や入力に関しても都合の良い点が多い。

http://www.hpmuseum.org/rpn.htm

そのようなわけで,当時の状況においては, RPN は必然性のある入力方式であったと考えられる。

しかし,ほとんどの関数電卓において「書式通り入力」が可能となっている今,敢えて RPN にこだわる理由は(慣れを除いては)ほとんど無いものと思われる。とりあえず「書式通り入力」に対応していて,あとは2進数と16進数の演算に対応していれば,それで十分に使いものになるだろうと思う。

http://cweb.canon.jp/calc/lineup/function.html

http://www.casio.co.jp/edu/product/program.html


冷静に考えてみると,ミーティングのたびに関数電卓を持ち歩くというのも,ちょっと面倒な話だ。結局のところ,関数電卓を買うぐらいであれば,もう少しお金を足して安めの PDA を購入しておくのが無難な選択なのだろうと思う。とりあえず適当な PDA を買ってから,上の塩田氏の記事内で紹介されているような関数電卓エミュレータを入れてみるというのも,面白い方法かもしれない。

普段, PC の目の前に座っている間は,ほとんどの計算には Python を使うようにしている。ただし,特に Python にこだわりがあるわけではなくて, Ruby でも Perl でも何でも良いのだけれど,とにかくコマンドラインインタフェースを備えたスクリプト言語であれば何でもいい。そういったものを何かひとつ覚えておけば,それを万能な計算機として利用することができる。

数値を扱う機会が多いならば,汎用的なスクリプト言語よりも, Octave のような専用のツールの使い方を覚えた方が良いかもしれない。

http://www.al.cs.kobe-u.ac.jp/~inamoto/unix-tools/useful/oct...

http://www.rbt.his.fukui-u.ac.jp/~naniwa/pub/octave.html

Python のようなスクリプト言語では,例えば行列の演算を扱いたい場合などに苦労することがある。それでも,まあ,ほとんどの用事は Python でカバーすることができているというのが現状だ。


Pocket Calculator (2)

2004-05-25

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今でこそ,電卓なぞどこの製品でも大差無くなってしまっているものの, 30 年ほど前は,相当に熾烈な競争の繰り広げられた分野であったようだ。その背景には IC や LSI のような半導体集積技術の開花があり,次々と投入される新技術によって,電卓は目覚しいほどの進化を遂げていた。

その頃の電卓の進化の方向性は実に明確なものであったに違いない - 「より小さく,より高機能に,より低価格に」。製品に対する要求は,技術者にとっても消費者にとっても明確に定義することが可能なものであり,その明確なビジョンのもとに,日進月歩の勢いで技術革新が図られていくことになる。

国内の電卓の歴史に関しては,大崎眞一郎氏の「電卓博物館」が参考になる。

http://www1.freewebspace.jp/~dentaku/

コレクションのカタログだけでなく,各種の解説記事も充実している点が秀逸であると思う。

また,メインストリームの機種だけでなく,ちょっとした「変り種」まで扱っている点も面白い。例えば「そろばん付き電卓」とか,「ものさし付き電卓」とか,果ては「ライター付き電卓」のような,見ているだけで思わずときめいてしまうような逸品までもが展示されている。

http://www1.freewebspace.jp/~dentaku/calc/calculator/lighter...

このようなものが,大真面目に,しかも何機種も発売されていたというのだから,たまらない。一通りの技術革新が完了すると,今度はバリエーションを広げるべく横軸への進化が始まるというのはお決まりのパターンだけれど,電卓のような実用品の類に対して付加機能を与えるという試みは,なかなか成功させることの難しいものであると思う。


マニア御用達の HP 電卓に関しては, David Hicks 氏のページ "hpmuseum.org" が充実していて面白い。

http://www.hpmuseum.org/

さすがは老舗メーカーだけあって,ユーザー側のフォローも非常に充実している。

また,電卓以前の時代を含めた計算機の歴史に関しては, Nigel Tout 氏のページ "Vintage Calculator Web Museum" の解説が詳しくて良い。

http://www.vintagecalculators.com/

とても個人運営のサイトとは思えないほどの量の資料が公開されている。遅延線メモリや磁気コアメモリのような IC 登場以前のデジタル回路技術についても触れられており,非常に興味深い内容となっている。

http://www.vintagecalculators.com/html/calculator_memory_tec...


Pocket Calculator (3)

2004-05-26

040526.jpg

電卓の歴史に目を通してみると, 1978 年に発売された TEAL 社製 "Photon" の時点で,現在の製品に見られる電卓としての機能性はほとんど備えられていることが分かる。

http://www.vintagecalculators.com/html/teal_photon.html

手頃なサイズのボディ,集積回路によって簡素化された内部構造,8セグメント式の液晶表示,世界初の試みである太陽電池の導入,等々……いわゆる「電卓」として広く認知されている姿が,この時点で既に完成している。以降の製品群においても,更なる小型化や低価格化などが進められているものの,「電卓」という製品としての本質的な発展は,ここである種の終着を迎えてしまっているものと考えられる。

この手の製品の発展の方向性には,ふたつの軸が存在すると感じる。ひとつは,製品の価値に対して本質的な変化をもたらす方向性であり,もうひとつは,製品の価値に対して副次的な変化を与える方向性だ。電卓は娯楽品ではなく実用品であるから,本質的に意味の無い変化は大きな重要性を持ちにくい。そして,製品の価値を高めるために行われた試みのうち多くのものは,製品の本質的な要素に対して影響を与える力を持っていない。そういった製品は,ひとときの間消費者に対してアピールを持つものの,人々の記憶から忘れ去られると同時に,時代の表舞台から姿を消していくことになる。

"Pocket Calculator Show" に展示されているビンテージ電子製品の数々には,そんな電卓の進化の歴史とリンクする部分があるように感じられる。

http://pocketcalculatorshow.com/

このサイト "Pocket Calculator Show Website" は,ビンテージ電子製品の愛好家である Jay Hanson 氏と Paul Zurek 氏によって運営の行われているサイトだ。製品の進化の過程において生み出されながらも,生き残ることができずに歴史の中に埋もれてしまったユニークな製品群の数々が展示されている。

展示されているのは,サイト名ともなっているポケット電卓や,デジタル腕時計 (nerd watch), ラジカセ (boombox), それから「ウォークマン」などだ。特にウォークマンのコレクションは充実している。

http://pocketcalculatorshow.com/walkman/

http://pocketcalculatorshow.com/walkman/sony/

年代を追って順に覗いてみると, 80 年代の角ばったシャープな感じのデザインから, 90 年代の丸みを帯びた有機的なデザインへと,徐々に変化していく様子が分かる。

この展示を見ると,カセットテープ時代には FM/AM ラジオ受信機能を搭載したモデルや,電波によるワイヤレスヘッドフォンを採用したモデルなどが存在したことが分かるのだけれど,これらの機能は現在のラインナップから無くなってしまっている。

http://www.walkman.sony.co.jp/

携帯オーディオ機器にとって本質的な要素とは何だろうかと思う。恐らくそれは,本体の小ささであり,音質の良さであり,再生時間の長さであり,バッテリーの容量であり……それらの要素がメディアの持つ理論的な限界に近づく(例えば,カセット式のウォークマンをカセット以下のサイズに縮小することはできない)と,本質的な機能の向上によって消費者へアピールできる機会は少なくなり,副次的な要素の追加による発展の方向性が模索されることになる。

しかし,近年に見られるシリコンオーディオ機器の台頭は,これまでの携帯オーディオ機器が持っていた「メディア再生機」としての束縛を解き放つ可能性を持っていると感じる。同時に,ハードウェアの進化が持つ重要性も薄れてくるものと思われる。次の時代には,高性能なハードウェアを開発することよりも,画期的なサービスの提供による新たなエクスペリエンスの創出を行うことの方が,本質的な意味を持つようになるのだろうと思う。

http://www.anymusic.jp/


Audience Engineering (1)

2004-05-27

"Pocket Calculator Show" に展示されている電子製品の数々は,実用性についてはともあれ,ある種の存在感を持つものではあると思う。これらの製品の多くは,時代の流れの中に埋もれてしまったものであるけれど,それは決して意味も無く生まれて来たわけではない。ある時代の消費者に対してアピールを持つようにデザインされたものであり,そのアピールが失われると同時に廃れたというだけのことだ。芸術や娯楽の分野であれば,そういった産物も文化的な価値を持つことができるのかもしれないけれど,これらは実用品の一種である以上,技術的な発展をもたらさなかった存在は価値を得にくい。

では,例えばゲームのような娯楽の分野においては,どのような種類の発展が価値を持つものとなるのだろうか。このことに関しては, indieWIRE に掲載された Guy Maddin 氏のインタビュー記事の中に面白い示唆がある。

http://www.indiewire.com/people/people_040503maddin.html

Guy Maddin 氏は独立系の実験映画監督として有名な人物であり,このインタビュー記事は,氏の最新作 "The Saddest Music in the World" を題材に扱ったものとなっている。

このインタビューにおいて,同映画の主演女優である Isabella Rossellini 氏は, Maddin 監督の表現手法について触れるなかで,映画とテクノロジーの関係について以下のように述べている。

私の心を引きつけてやまないのは,映画がいまだにテクノロジーの一種であると考えられていることです。100年前,映画は奇術の一種としてマジックショーの中で演じられていましたが,いまだに観衆たちは,新しいテクノロジーの登場を待ち続けているのです。いまだに映画は,新しいシネマスコープや,新しい特殊効果,新しいデジタルカメラ,等々のテクノロジーによってプロモーションされています。映画とは,すなわち新しいテクノロジーであり,その新しいテクノロジーによってアーティストが何を行うのか,ということでもあるのです。

この提言は,ある種の連想を引き起こすものであると思う。「映画」という単語を,他のメディアを表す単語と入れ換えることができるかもしれない。例えば - 「ゲームとはテクノロジーの一種であり,観衆は常に新しいテクノロジーの登場を待ち続けている」 - とはどうだろうか。

ブログ "Intelligent Artifice" の Jurie Horneman 氏は,この文脈に沿って議論を展開している。題名は "Reinventing the camera" - 「カメラの再発明」だ。

http://www.intelligent-artifice.com/2004/05/reinventing_the....

Horneman 氏の意見に関しては,ひとまずおいておくとして,前述のインタビュー記事において, Maddin 氏は次のように続けて述べている。

映画はアートの形態の一種であると同時にビジネスでもあります。そこで常に思い起こされるのは,ビジネスを成立させるためにテクノロジーを供給する必要があるという事実と,テクノロジーの進化があまりにも速いために,アートとしての可能性が引き出されるよりも早く,次のテクノロジーへの移行が行われてしまうという事実です。そこで私は常に,映画の歴史の道のりを逆に辿り,そういった素晴らしくも廃れてしまったテクノロジーとボキャブラリーを拾い集め,それらの方法によって語ることを試みているのです。
画家が絵を描くとき,画家はどのような色や絵の具も用いることができるし,実は塗料を用いる必要さえもありません。詩人が詩を書くとき,詩人はどのような言語や単語も用いることができるし,言語や単語を作ってしまうことさえもできます。私に言わせれば,映画制作者だって,映画を作るために存在するあらゆるものに関して,同じような自由を持つべきなのです。古いボキャブラリーだって,新しいボキャブラリーだっていいはずだし,みすぼらしいテクノロジーだって,洗練されたテクノロジーだっていいはずなのです。

この提言は,氏が独立系の映画製作者であることを意識しなければならないものであると思う。すなわち,メインストリームにおいて成功を収められるほどのアピールを持つには,やはりテクノロジーとの関連性を認めなければならないのだろうか。前述の Horneman 氏のポストは,その疑問に対してひとつの側面を与えるものとなっていると思う。


Audience Engineering (2)

2004-05-28

ゲームデザイナ Chris Crawford 氏は, "The Journal of Computer Game Design" の Volume 6 (1992, 1993) の中で,次のような記事を執筆している。題名は "Audience Engineering" - 「観衆工学」だ。

http://www.erasmatazz.com/library/JCGD_Volume_6/Audience_Eng...

少し長い文章ではあるけれど,述べようとしている内容は一言にまとめることができる。すなわち,「我々の顧客は,己の欲するものを知りえない」という主張だ。

ある種の市場においては,顧客は己の欲するものに関して完全に明確な考えを得ている。コンピュータを買い求めようとしているプログラマは,そのスペックを正確に指定することができるだろうし,腹を空かしてレストランに入ってきた客は,メニューの中にある最も良さげな品目を即座に決めることができるだろう。
我々は「情報」を売っている。しかもそれは特殊な種類の情報 - 娯楽のための情報だ。このことは,我々に対して他の多くの市場とは異なった事情をもたらしている。物質的な商品に対しては,顧客は同一性を求め,情報に対しては,顧客は違いを求めるのだ。例えば,私が車を買うと決めたら,既に持っている車よりもちょっと良いだけの,ほとんど同じものを求めるだろう。そのとき私は,「驚異的な飛躍を遂げた全く新しい種類の車」を欲しがったりはしない。それしか選択肢が無いのであれば買うかもしれないが,躊躇しながら購入することになるだろうと思う。
しかし,これはゲームには当てはまらない。 "Balance of Power" (Crawford 氏の代表作)を所有していながら,それを再び買おうという人が果たしているだろうか? 私は過去に3台のホンダ・プレリュードを所有してきた……私は "Chilis" のチキン・サンドイッチを何十個も食べてきた……私は十数本ものリーバイスを購入してきた……しかし,私のこれまでの人生において,自分のために同じゲームをふたつ購入したことは,いまだ無い。
これは,市場に存在する商品としての「情報」に関して,根幹を成している属性だ。「情報」が何らかの価値を持つためには,顧客が既に有しているものに対しての違いを持たなければならない。我々は,いかなる「情報」も,そのふたつめのコピーを売りつけることはできないのだ。我々は,「新しく」かつ「異なる」ものを提供しなければならないのだ。

Crawford 氏の主張は次のように続けられる。

観衆は,どのようにして己の「新しく,かつ,異なる情報」に対する願望を知りえるのだろうか。物質的なものであれば,己の願望を言葉にすることは簡単だ。私はもっと新鮮なバナナが欲しいのであり,もっと速い車が欲しいのであり,もっと大きなテレビが欲しいのだ。しかし,どのようにすれば「違い」を言葉にできるだろうか? 私が物質に対して行うフィードバックは発展的なもの(「もっと新鮮な」,「もっと速い」,「もっと大きな」)であったが,これが情報に対してとなると,根本的な否定(「私がいまだ持っていないもの」)となる。果たして,そこに無いものを表すことなどできるだろうか? ゆえに,顧客は正当であるとは言えない……彼らは,己の欲するものを知りえないのだ。
ゲーム産業は,この問題に関して正しい理解を得ることに失敗している。正しく理解する代わりに,顧客が口にする願望に応えることによって,この問題に対して発展的なアプローチをとるべきであると考えてしまっている。常に程度の問題としてしまうのだ。「もっと新鮮に,もっと速く,もっと大きく」ではなくて「もっと色を,もっと画像を,もっと音を」……これは 1980 年代におけるアタリ社の宣伝文句であるが, 12 年経った今となっても,我々の最重要戦略を的確に表している言葉である。

産業が常に「カメラの再発明」を迫られている理由のひとつを,これによって説明することができる。すなわち,娯楽は常に変化を求められているのであり,観衆の願望を満たすためには,その製品が以前までのそれとは異なることを主張できなくてはならない。

しかし,観衆や制作者の多くは,内容の発展的な変化によってしか,己の願望を言い表すことができないでいる。「もっとポリゴンを,もっとムービーを,もっとステージを,もっとアイテムを,もっとキャラクタを……」。その発展は,観衆の願望を根本的に満たすものではないにも係らず,観衆の期待に応えるという名目の元に,そのような方向性での制作が続けられてしまう。

本当に観衆の願望を満たすためには,良い意味で観衆を裏切らなくてはならない。しかし,逆にそういった裏切りが観衆を遠ざけてしまうのではないかという恐れから,ますます本来作るべきものを作れなくなってしまっている。 Horneman 氏が「カメラの再発明」という文脈の下に危惧している状況は,そこにあると,僕は解釈している。


XM-8 (1)

2004-05-31

040531.jpg

強力なガジェット情報源として愛読しているブログ "Engadget" において,先日, "XM-8" なる銃のことが紹介されていた。

http://www.engadget.com/entry/0646533665475287/

http://www.military.com/NewContent/0,13190,Gear_051104_XM8,0...

http://www.hk-usa.com/pages/military-le/rifles-carbines/xm8....

"XM-8" は,米陸軍の OICW (Objective Individual Combat Weapon) プロジェクトにおいて開発の続けられている次世代個人戦闘銃 "XM-29" の副産物として生まれた銃だ。 XM-29 を構成するモジュール群のうちのひとつである "Kinetic Energy" (運動エネルギー)コンポーネントをベースとして再設計が行われている。現在,陸軍において主力として用いられている M16 ライフルや M4 カービンにとって代わる,次世代の個人携行銃として注目を集めているようだ。

XM-8 の特徴は,何と言ってもその強力なモジュール性にある。バレルやストック,ハンドガードやキャリーハンドル,レーザー照準,等々の部品が瞬時に取り外せるようになっており,しかもそれらを他の部品と取り替えることによって,「小型カービン銃」や「狙撃銃」,「自動ライフル銃」のような,異なる形態に「変形」することが可能となっている。

バレルには 9 インチ, 12.5 インチ, 20 インチの 3 種類が用意されており,用途によって使い分けることが可能となっている(もちろん,後者ほど威力が高い)。他にも,グレネードランチャー (XM320) や, 12 ゲージショットガン, 100 発装填のドラムマガジン,二脚付きハンドガード,等々のアタッチメントが用意されている。また,これらの部品の取り付け作業は,特殊な器具を用いることなく行えるよう設計されている。

ArmyTimes では,この銃の実演風景を収録したビデオ映像が公開されている。この動画を見てみると,本当にオモチャの合体メカを組み立てるような感覚で操作できてしまうことが分かると思う。

http://www.armytimes.com/story.php?s=1-292925-xm8_assembly.p...

http://www.armytimes.com/story.php?s=1-292925-xm8_grenade.ph...

まるでオモチャのような外見だけれど,銃としての実力は本物のようだ。実際に射撃を行っているビデオなどを見てみると,予想以上に迫力があって驚く。

http://www.armytimes.com/story.php?s=1-292925-xm8.php

100 発装填のドラムマガジンを取り付けてやれば,あっという間に軽機関銃もどきの完成だ……むちゃくちゃ迫力があって恐ろしい。

http://www.armytimes.com/story.php?s=1-292925-xm8_100.php

XM-8 を構成する主要な部品の素材には繊維強化樹脂 (FRP) が使用されており,総重量は約 2.6 kg であるということだ。これは, M4 カービンが 4 kg 程度であることを考えると,相当に軽いのだろうと思う。また, FRP は製造過程において自由に着色することが可能であるため,状況に合わせてカラーリングを使い分けることが可能になったとのことだ。つまるところ,「スキン機能」に対応しているというわけだ……。