
2004-11-01

もう一月ぐらい前のことになるのだけれど, Alesis の Micron を購入した。
http://www.alesis.jp/products/pd_micron.html
仕事の方が相変わらず忙しくて,とてもまともに触っているような暇は無かったのだけれど,向こうしばらくの間はこの忙しさが続きそうなことが,かえって購入を促すことになった。暇になってから買おうなんて考えていたら,いつまで経っても買うことはできないだろう。
Micron は,米 Alesis 社のアナログモデリングシンセサイザーの最新機種だ。5万円台で入手することのできるコストパフォーマンスの良さ(米国本土では既に $399 まで値下がりしている)や,コンパクトなデザイン,充実した機能等が購入の理由となった。この手の DTM 機材は,音源の搭載されていない鍵盤デバイスでさえも数万することが珍しくないというのに,決して貧弱ではない本格的なアナログモデリング音源を搭載していながらもこの価格設定というのは,非常に野心的な試みであると言うことができるのではないかと思う。
Micron は,同社のアナログモデリングシンセ "Ion" の後継として開発された機種だ。
http://www.alesis.jp/products/pd_ion.html
一見すると Micron は Ion の廉価版という位置付けのように感じられるのだけれど,実際にはただの廉価版というわけではない。 Micron の音源部は Ion の仕様をほぼそのまま受け継いでいる。しかも,ただ受け継いだだけではなく,ディレイ・リバーブ系のマスターエフェクトが1系統追加されているほか,ステップ編集とリアルタイム入力に対応した簡易シーケンサまで追加搭載されている。つまり,純粋に音周りだけを比較すれば, Ion よりもむしろ Micron の方が優れていると言えるわけだ。それでいて価格は半額近くにまで抑えられているというのだから,有難いと言うか,むしろ Ion を買った人が可哀そうというか……。
Micron/Ion の音源部は,比較的オーソドックスなアナログモデリング音源によって構成されている。オシレータが3基とフィルターが2基搭載されており,各々のパラメータは比較的自由に操作することができるようになっている。表現可能な音色はかなり幅広いと言うことができる。アナログモデリング音源に触れたことの無い人にとっては少々敷居が高いものかもしれないものの,自らの手でとことんまで音をいじりたいと考えている人にとっては,きっと納得のいく設計になっているはずだ。 3VCO + 2VCF の構成から連想される音色のほとんどは表現が可能なのではないかと思う。
http://www.asahi-net.or.jp/~WZ4K-TNK/digital/ion0.html
音源部の構成に関して不満はほとんど感じられないものの,エフェクタにだけは少々物足りなさが感じられる。エフェクタとしては,オーバードライブ系エフェクトがパート毎に搭載されているほか,マスターエフェクトとしてピッチ系エフェクト(コーラス,フランジャー等)と時間系エフェクト(ディレイ,リバーブ)の計2系統のエフェクタが搭載されている。これらのエフェクタは,それぞれ1種類のエフェクトしか同時に適用することができないため,例えばディレイとリバーブを同時に利用することはできない。また,イコライザの類は搭載されていないため,最終的な出音にイコライザで色を加えるというようなこともできない。 Micron/Ion のサウンドデモを聴いてみると,全体的にパワフルかつ荒削りな音の印象が強いのだけれど,それは,エフェクタに頼らない・頼ることのできない設計が,そのような傾向を生み出しているのかもしれないと思う。
2004-11-03

Micron の持つ魅力の1つは,何と言っても,その非常にコンパクトなデザインにある。幅 57 cm, 奥行き 20 cm の小さな筐体の中に,これら全ての機能が詰め込まれている。フルサイズ 37 鍵のキーボードと必要最低限の操作子で構成された操作パネルの設計は非常に合理的であり,その小ささに反して密度の高さを意識させないようなシンプルな出来となっている。操作パネルの小ささから生み出される奥行きの短さは印象的であり,高機能ながらも部屋に置いておくのに抵抗を感じさせない大きさを保つことができているのではないかと思う。
しかし,このコンパクトさは,長所であると同時に, Micron の最大の弱点でもあるかもしれない。主要な操作は右上のコントロール・ノブ1本に集約されており,基本的には,数百に達するパラメータをこのノブ1本ですべて操作することになる。そのため,特定のパラメータを操作するには,どう頑張っても2・3回以上の操作を経る必要があり,それが操作の直感性を大きく阻害していると感じられる。せっかくパラメータが充実しているのに,それらを直感的に操作することができないとあっては,非常に歯痒い感じがする。この点に関しては,ほぼ全てのパラメータが操作子に1対1で割り当てられている Ion の方が,遥かに優れているだろうと思う。
操作系の貧弱さから,音色の編集には苦労することになるものの,演奏中のリアルタイム・モジュレーションに関しては,それほど問題無いかもしれない。パネル中央部に並べられた3つのパラメータ・ノブは,任意のパラメータの操作に割り当てることが可能であり,パネル左部に配置された2つのモジュレーション・スライダーは,モジュレーションマトリクスの入力値として利用することができるようになっている。演奏中にリアルタイムに操作するパラメータは,普通はそれほど多くないと考えられるから,これらの操作子だけでも十分な操作性を得ることができるのではないかと思う。
ちなみに,ホイールやスライダーの類が上部パネルに横方向に並べられているのは,少し珍しい設計かもしれない。個人的に違和感は無いものの,変だと感じる人がいたとしても不思議ではないと思う。
Micron から新たに追加された要素であるシーケンサ部に関しては,あくまでも簡易的な構成であることから,それほど本格的な使い道を期待することはできない。高々4小節のパターンしか編集できないうえに,ソングモードのような機能も付いていないから,これだけで楽曲を構成することは難しい。ちょっと凝ったアルペジエイターぐらいに考えておくのが良いかもしれない。むしろ逆に,これは高機能なアルペジエイターであると考えれば,少し得した気分になれるかもしれない。
その他の機能としては,一応ボコーダーを搭載しているので,マシンボイスごっこなどで遊ぶことができる…… microKORG を買うぐらいだったら,ポテンシャルの高さから言って Micron の方がお勧めだ。
http://www.korg.co.jp/Product/Synthesizer/microKORG/
ただし, Micron にはライン入力しか用意されていないため,マイクを利用するにはプリアンプが必要になる。自分は手元にプリアンプが無かったので,適当にボーカル素材集を使って作成した MP3 を iPod から入力して遊んでみた……意外なところで iPod が役に立つものだなと思う。
個人的に嬉しかった点を1つ挙げるとすれば,起動が非常に速い点が嬉しかった。電源を入れた次の瞬間には音を出すことができる。以前利用していた KORG Electribe などは,システムの起動に数秒が要されるため,何気なく遊ぶのに気軽さが足りないと感じられることがあった。 Micron 程度の速さであれば,十分に合格だ。
2004-11-04

今回 Alesis Micron の購入に踏み切った主な理由は, Micron 自体の魅力もさることながら,その登場のタイミングの良さにもあった。以前から鍵盤が1台欲しいと考えていたのだけれど,そこにちょうどお手頃な仕様と価格を持つ製品として Micron が登場してきた。もし Micron が登場していなければ,いまいち購入に踏み切れないまま悶々とする日々が続いていたかもしれない。
Micron 以外にも,一応の候補はいくつか存在した。中でも最も有力だったのは,英 Novation 社の X-Station だ。
http://www.hookup.co.jp/soundcard/novation/xstation.html
http://www.novationmusic.com/nov_route/docs/prods/xstation/x...
X-Station は,同社の MIDI コントローラ "ReMOTE" と,キーボードシンセ "K-Station" の間の子のようなシンセだ。本格的なアナログモデリング音源を搭載していながらも, DTM 環境の一部として, PC と組み合わせて使うことを前提とした設計になっている。 MIDI インタフェースはもちろんのこと, USB オーディオインタフェースやマイクプリアンプ等も搭載されており,統合的なインタフェースとしての機能が充実している点が独特で面白い。また,特筆すべきことに, USB バスパワーのみで動作させることも可能となっている。
カタログスペックを見る限りでは,音源部も遜色無いレベルであると感じられる。3オシレータの本格的なアナログモデリング音源から構成されており,基本的なところでは Micron とほぼ同レベルの仕様であると考えられる。実際に触ったことがあるわけではないので,細かいところまでは言及しかねるのだけれど,操作子が充実している点には好感を持つことができるし,「リキット・アナログ」と称される同社のサウンドデザインにはある種の定評があるようだ。
http://www.novationmusic.com/nov_route/docs/mp3_demo_bank/mp...
結局のところ, X-Station を購入しなかった最大の理由は,単純に価格の問題にある。現在,国内の販売店において X-Station は¥89,000 ほどの価格で販売されている。 X-Station が相応の機能を持つことは納得できるのだけれど,軽めの趣味に9万も出すというのは,かなり勇気の要ることであると思う。
金に糸目を付けないならば,独 Access 社の "Indigo 2" も候補として考えられたかもしれない。
http://www.access-music.de/products.php4?product=indigo2
前出の製品群を遥かにしのぐ高性能なスペックと,洗練されたデザインが魅力のマシンだ。
http://www4.airnet.ne.jp/k_take/synth-voice/virus/virus_inde...
しかし,実売価格約 30 万ということで,実際に買う気は全く無かった。このレベルの製品になると,プロ用機材としての色が濃いと感じられる。
このような感じで,何を買おうかと迷っている間は非常に楽しい。いわゆる「機材マニア」の気持ちが分からないでもない。ゴルフそっちのけでゴルフクラブに夢中になってしまう世の親父様達の気持ちも,案外こんな感じなのかもしれないと思う。
2004-11-07

最近,ニュース等で取り上げられていたキヤノン・東芝の次世代ディスプレイ "SED" は,数ある次世代ディスプレイ技術の中でも,非常に高いダイナミックレンジを実現しているという点に技術的な面白さを感じる。
http://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0410/25/news023....
ただし,ここで言う「高ダイナミックレンジ」は, CG 等でよく言われる "HDR" (High Dynamic Range) とは,少し意味合いが異なるかもしれない。 SED の白輝度は 260 cd/m^2 (カンデラ/平方メートル)程度とのことだから,現行の CRT と大差あるわけではない。このように現行の一般的なディスプレイ装置の白輝度は数百 cd/m^2 程度であるのに対して,例えば蛍光灯などは 10,000 cd/m^2 程度の輝度を持っている。擬似的でない本物の「眩しさ」を表現するには,少なくとも数千 cd/m^2 の白輝度と,相応のダイナミックレンジが必要であると考えられる。
現在,一般的に用いられているディスプレイ装置では,そのような高輝度を扱うことができないため,各種のポストプロセスやトーンマッピング等の技術を利用することによって,画像の再現を擬似的に行うことになる。
http://www.debevec.org/Research/HDR/
他方で,特殊な装置の組み合わせを用いることによって,このような高輝度の直接的な表現を可能としてしまった例もある。 Helge Seetzen, Wolfgang Heidrich 氏らの "High Dynamic Range Display Systems" などが,その一例だ。
http://www.cs.ubc.ca/~heidrich/Projects/HDRDisplay/
SIGGRAPH 2003, 2004 において発表されたこの技術は, Seetzen 氏が技術監督を勤める Sunnybrook 社において既に商品化が行われている。
http://www.sunnybrooktech.com/
このディスプレイ装置 "Zeetzen 5" の表示能力は,現行の一般的なディスプレイ装置と比較すると段違いに高性能だ。論文によれば,ダイナミックレンジは 50,000 : 1 以上を実現しており,白輝度は 8500 cd/m^2 にも達するとされている。また,黒輝度が極めて低いことも特色であると言える。
http://www.cs.ubc.ca/~heidrich/Papers/Siggraph.04.pdf
Zeetzen 5 が,これほどの高輝度と高ダイナミックレンジを実現できた秘密は,高輝度 LED と液晶の組み合わせにある。 Zeetzen 5 は基本的に液晶ディスプレイであるのだけれど,バックライトとしてマトリクス状に配置された 760 個の高輝度 LED を使用している。この LED の輝度は個々にコントロールすることが可能であり,このバックライト部自体が低解像度ディスプレイの一種となっている。そこで,低解像度画像をバックライト部に表示し,それと最終的な画像との差分を液晶部に表示すれば,高輝度 LED による極めて高い白輝度(高輝度 LED の最大輝度は数万 cd/m^2 にも達する)を得つつ,液晶による高解像度表示を実現することが可能となる。
この表示装置は,2種類の表示装置を組み合わせることによって高ダイナミックレンジを実現しているものの,バックライト部は低解像度であるため,狭い範囲で見ると低ダイナミックレンジとなる可能性がある(単一の LED によってカバーされる範囲では,液晶の持つダイナミックレンジしか効果が無いものと考えられる。)。しかし実際には,「高輝度の光点の近くでは低輝度の差に対する感度が鈍くなる」という人間の目の特性を利用することによって,事実上問題は無くなるとされている。
このような表示装置が,実際にどの様な用途に役立つかは,自分にはよく分からない。医療機器等への応用も考えられているようなのだけれど,どうして医療機器に HDR が必要とされるのかよく分からないので,何とも言及しかねるものがある。ともかく,このディスプレイが持つほどの輝度とダイナミックレンジともなれば,人の目で見た際に,本当に「眩しい」と感じられる映像になるだろうと思う。
2004-11-08

先日,独 Access 社のシンセが云々と言っていたら,今日になって同社のラインナップが一新されてしまっていた。新製品が追加されただけでなく, Virus C, Indigo 2 等の旧製品群は既に販売完了扱いになってしまっているというのだから,何とも気の早い話であると思う。
今日発表された新製品 "Virus | TI" は,その名 (Totally Integrated) が表しているように, PC 環境との統合が大幅に推し進められた製品だ。 USB を経由しての操作やデータ交換が可能となったほか, Virus TI 自体を VSTi プラグインとして PC 側に認識させるという特殊な機能も搭載されている。
もともと VST は仮想スタジオ環境を実現するために考案されたプラグイン・アーキテクチャであるはずなのだけれど,それをハードウェア音源のインタフェースとして利用してしまおうというのだから,既に立場が逆転してしまっているというか,何とも奇妙な構図であると思う。もっとも,未だに MIDI などという 20 年も前のアナクロな規格に依存した現状を考慮すると,これはこれで案外妥当な解決法なのかもしれないと思う。
http://allabout.co.jp/entertainment/dtm/closeup/CU20030222/
新製品 Virus TI Polar の魅力の1つは,その独創的な外見にあるとも感じられる。まるで白モノ家電のような落ち着いたカラーリングと,余計な装飾が極力省かれたソリッドな造形は,そのパワフルな実力に似合わない清潔感を醸し出すデザインとなっている。以前からそうなのだけれど, Access 社の製品デザインはどれも非常に凝っており,そこがガジェット好きの心をくすぐる要素になっていると感じられる。
http://www.access-music.de/gallery/gallery_top.php4
そもそも,この製品の発表を知ったのは,ガジェット系楽器ブログサイト "Music thing" の記事だった。
http://musicthing.blogspot.com/
比較的新しいこのブログサイトは, "You can't buy talent, but you can try" (才能を買うことはできないけど,買ってみようとすることはできる)を合言葉に,毎日様々な楽器系ガジェットを紹介している。音楽の中身に関する話題は殆ど無く,主な話題と言えば,新しいマニアックな機材の紹介だの, Ebay に出品されたビンテージシンセの情報だの,伝説のデジタルシンセ "Fairlight CMI" の歴史だの,とにかく,ガジェットへの憧れに溢れた話 ― あるいは物欲にまみれた話 ― ばかりを展開している。まさに音楽界の Engadget.com と呼ぶに相応しい存在かもしれない。
2004-11-10
締め切り間際は清算の時期だ。懐に溜め込んだリスクが実害となって襲い掛かってくる。結局のところ,技術力や気合で対処することのできる問題には限りがある。一度でも修羅場をくぐれば,多くの問題は残り時間とのせめぎあいであるということを,嫌というほど思い知らされることになる。ゆえに,自分にはあとどれほどの時間が残されており,あとどれほどのリスクを抱えることができるのかということを,常に冷静に判断できなければならない。その判断を見誤れば,いずれ報いを受けることになる。
インディーズ系 CD 通販サイトとして有名な CD Baby 社の創立者である Derek Sivers 氏は,基本的な行動様式としての "Say no by default" を説く。つまり,もっともな理由が無い限り全ての要求を否定するという考え方だ。すべての要求は,「できるからやる」という理由ではなく,「必要だからやる」という理由に基づいていなければならない。
http://www.oreillynet.com/pub/wlg/5384
このような思考は,己に降りかかるリスクを最小限に保つための戦略として用いることができる。「できるからやる」という判断の下に手を広げられるだけ広げてしまえば,リスクは簡単に膨らみ続けてしまう。いずれそのリスクは自らの行動に制限を課すようになり,最終的には何も他に行う余裕が無くなってしまうばかりか,本来の責任さえも全うすることができなくなってしまう。それとは逆に「必要なものだけをやる」という判断の下に手を狭めることがリスクを最小化し,かえって可能性を広げる結果に繋がるということだ。
Sivers 氏自身が必要性の判断基準として用いているのは,「面白いこと」,「有益であること」,「その世界においてトップになれる可能性があること」という3つの条件だ。この3つの条件が成り立たない限りは,その要求は受け入れられるべきでないという見方を提示している。
自分の中にもこのような判断基準は存在する。最も重要なものから順に挙げるとすれば,「売り上げに貢献する要素であること」,「顧客が喜ぶ要素であること」,「ゲームとして面白い要素であること」の3つだ。この3つの要素は,一見似通っているようで,実は各々が異なる軸を構成している。中でも商業的な成功を収めることに関しては,あらゆる視点からみて最も貪欲に取り組まなくてはならないと考えられる。逆に,ある要求が挙げられたとして,それがこの3つの条件に適合しなければ,その要求は撥ねつけられて然るべきだと考えられる。
結局のところ,プロジェクト管理手法も,ソフトウェア工学も,種々の技術も,これらの軸を補強するために存在する道具に他ならない。逆に言えば,これらの軸を補強するために必要なものであるからこそ,道具を鍛えることに執着するのだと思う。
Sivers 氏の言説は大方の趣旨において賛同することができるものの,単純性 (simplicity) の追求を強調している点に関しては,少し危ういものを感じる。実践的な観点から言えば,これらの思考はリスクの軽減という実際問題へと帰結されるべきであって,個人の持つ美学や美感と結び付けられるべきではないと考えられる。決して単純性の追求が本質ではないということだ。
2004-11-14
またひとつマイルストーンが達成された。今回は,前回にも増して厳しい状況であったがゆえに,達成感も一層強い。まだ終着点は不鮮明であるものの,着実にそこへと近づいていく感覚がある。
相変わらず問題点は少なくなかったものの,ある面では前回の反省を活かすことができたのではないかと思う。全体的に見渡せば,前回よりも余裕は無かったかもしれない。しかし,危機感はそれほど高くなく,ある種の安定感さえあったと個人的には考えている。
締め切り間際の進行では,リスクの管理を行うことが難しくなる。責任の分担と判断の流れに関しては漠然と解答が見え始めているものの,それを補強するための道具がまだ足りていないと感じられる。随分と前から注目している Alienbrain のようなアセット管理ツールは,その解決策となりうる1つの候補であるものの,色々と些細な理由から未だ導入を主張することができないでいる。
http://www.comtec.daikin.co.jp/alienbrain/users/cavia.html
もし今後,このようなツールの導入を検討することがあれば,今のような状況下における経験が検討の材料として役に立つことだろうと思う。それまでは,せいぜい今の感覚を忘れないようにしておくことだ。
2004-11-15
昔から「デバッグ」という言葉が漠然と用いられることに対して違和感を覚えることがある。本来「デバッグ」とは,バグの発見から修正までに含まれる作業を総括して指す単語であると思うのだけれど,場合によっては,バグを発見する作業を特定して「デバッグ」と呼んだり,バグの発見を担当するテスター集団のことを「デバッグチーム」と呼んだりすることがある。
また,同様の意味を持つ言葉として QA (Quality Assurance) や「品質管理」という語が用いられることもある。これは,本来ならば「デバッグ」よりも広い意味を持つ言葉であるはずなのだけれど,実際には "QA" と聞くと,なぜか専らバグ出し作業のことばかりを連想してしまう。
http://c2.com/cgi/wiki?QualityAssurance
QA 工程が始まると,バグデータベースはたちまちバグ報告で埋め尽くされる。ここで,たとえスクロールバーが小さくなってしまうほどの大量のバグが報告されたとしても,何も怯むことはない。むしろ,これだけ大量の問題が,これからすべて何らかの形によって解決されてしまうというのだから,これほど痛快なことは無いだろう。 QA チームの熱心さには,本当に毎度心を打たれるものがある。
しかし実際には,それらの報告はすべて有効なものであるわけではなく,中には対応に苦労してしまうような報告も存在する。 Hacknot の Mr Ed 氏は,同サイトの記事 "Testers: Are they Vegetable or Mineral?" において,より良いバグ報告のあり方について論じている。
http://www.hacknot.info/hacknot/action/showEntry?eid=68
件の記事には様々な示唆が含まれているものの,その論旨は次の3点にまとめられるのではないかと思う。すなわち,「何が悪いのか」,「なぜ悪いのか」,「どうあるのが正しいのか」の3点だ。これらの指摘が適切な論拠に基づいて明確な形で示されれば,修正担当者は「何がどうして悪いのか」を即座に理解することができ,またそれを「どう直すべきなのか」を把握し,速やかに修正作業へと移行することができる。修正担当者の負担を減らすという点において,最も理想的なバグ報告のあり方に違いない。
これらの要素が1つでも欠けていると,修正担当者はそれを補うために労力を払わなければならなくなる。「どうあるのが正しいのか」が提示されていなければ,それを自ら調べるところから始めなければならないし,勘違いから正しく修正されない危険性も生じる。また,「なぜ悪いのか」が明確に示されていなければ,本当に修正すべきなのかどうかを担当者間で検討する作業から始めなければならない。そもそも「何が悪いのか」が明確でなければ,修正の検討を行うことさえも難しい。これらのやりとりに時間を取られてしまうようでは,本来の修正作業に注力することは難しくなってしまうだろう。
たとえ,高機能なバグデータベースを導入したり,十分な人数の QA チームを編成したとしても,それらを正しく運用することができなければ,効率的な QA 作業を進めることはできない。 CVS のマニュアルに添えられた次の一節が思い出される。
https://www.cvshome.org/docs/manual/cvs-1.12.9/cvs_1.html#SE...
プロジェクト管理等にも言えることなのだけれど,ある手法や道具を導入したとき,それ自体が何かを生み出すということはまず無い。それを上手く運用するための考察を,常に行い続けていなければならないということだ。
2004-11-17
自分は,生まれてこのかた幻覚や幻聴の類とは縁が無いものの, Jim Woodring 氏の作品群を見ていると,それらがどのようなものであるか理解できるような気がしてくる。
http://www.bounce.com/contents/tokushu/feature/20011220_comi...
http://seattlepi.nwsource.com/visualart/155658_woodring08.ht...
Woodring 氏の作品には,単なるグロテスクだけでなく,非常に独特な味わいの薄気味悪さが感じられる。一見普通でありながらもどこか奇妙な世界の中で,奇妙な住人達によって演じられる奇妙な無言劇は,まるで幼い頃によく見た中途半端な悪夢のようであり,理解を超えたものに対する薄暗い恐怖感のようなものを呼び覚ましてくれる。
http://www.fantagraphics.com/artist/woodring/frankgal/f1.htm...
http://www.jimwoodring.com/comics_pages/manhog_btf1.html
アニメーション作家の布山タルト氏は, Woodring 氏の代表シリーズである "Frank" の CG 化を手がけている。
http://plaza.bunka.go.jp/festival/sakuhin_backnumber/15/fran...
これは,単にコミック作品の映像化という観点から見れば非常に完成度の高い作品であるものの, Woodring 氏の作風の再現という点においては,今一歩本物に近づくことができていないと感じられる。 Woodring 氏の作品から感じられる独特の薄気味悪さが,この映像からは感じられなかった。
Woodring 氏の作品を見ていて連想するのは, Louis Wain 氏の晩年の作品群だ。
http://www.erowid.org/culture/art/artists_w/art_wain_louis.s...
http://www.outsiderart.co.uk/wain.htm
資料の解説によれば, Louis Wain 氏は 20 世紀初頭に活躍したイラストレーターであるとされている。氏は,猫をテーマとした作風で人気を集め,イラストレーターとして一旦は成功を収めたものの,晩年には統合失調症を患い,上記ページに見られるような特異な作風へと変化していくことになる。非現実的な色使いや,繰り返し模様に対する異様な執着など,常識を超越しながらも人間の認知に訴えかけるような作風が,不思議な気味悪さを作り出していると感じられる。
程度に差はあれど, Woodring 氏の作り出すキャラクターや物語にも同様の性質を見つけることができる。また,その独特な作風は,子供の頃に体験した幻覚や幻聴が下地になっているとされている。前出の布山氏の映像に足りないと感じたのも,この辺りから生み出される特殊な感性なのだろうと思う。
2004-11-18
統合失調症に関連して思い出したのが, Wagner James Au 氏の記事 "A lever to move the mind" だ。
http://secondlife.blogs.com/nwn/2004/09/in_the_minds_ey.html
Wagner 氏は, MMO 仮想世界ソフト "Second Life" 内での出来事を専門に扱うジャーナリストだ。そして件の記事において氏は,カリフォルニア大の研究員である James Cook 氏が Second Life の仮想世界に構築した「仮想幻覚設備」を紹介している。
この「仮想幻覚設備」は,統合失調症からもたらされる幻覚や幻聴の症状を Second Life の仮想世界において擬似体験することができるというものだ。その幻覚の内容は実際の患者の体験に基づいており,最終的には資料的な意味を持つ内容になることを目指している。
Cook 氏が Second Life の仮想世界にこのような設備を作成したのは, Second Life 自体が云々というよりも,単に製作コストの軽減を狙ったという側面が大きい。 Cook 氏は, SGI マシンを利用した同種のプロジェクトが製作に9ヶ月も費やしているのに対して, Second Life を利用したこの設備はたったの3週間で製作することが可能であったと指摘している。これは,ユーザ側でのカスタマイズに関して高い自由度が開放されている Second Life のシステムを上手く活用した例だと言うことができるのではないかと思う。
http://www.news.ucdavis.edu/in_the_news/full_text/view_clip....
この辺りの事情にはマシニマ (machinima) と似た側面があると感じられる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Machinima
このような設備は,統合失調症の症状を理解するための手段として利用価値がある。例えば,極めて親しい存在 ― 家族や親友等が,統合失調症を患った場合に,その苦しみの性質を理解し,共に障害を乗り越えるための助けになるだろうということだ。
2004-11-22
最近, OVERROCKET の CD をよく聴いている。
OVERROCKET を聴くようになったのは, Amazon の「おすすめ商品」に挙げられているのを見て,なんとなく興味を持って購入してみたのがきっかけだった。恐らく YMO やヲノサトルの CD を購入していた辺りから関連付けられて勧められたのだろうと思う。
先日,10月に発売されたばかりの最新アルバム "OVERROCKET" を,またもや Amazon から購入した。これが,まさに期待を裏切らない出来で,今まで購入した OVERROCKET の CD の中でも最もお気に入りのアルバムとなっている。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0002MOLHY
http://allabout.co.jp/entertainment/technopop/closeup/CU2004...
最新アルバム "OVERROCKET" は,前作 "POST PRODUCTION" で顔を覗かせていたミニマル色が更に強まった作品となっている。それまではエレクトロからポップ色を強めていく傾向にあった同ユニットが,ここに来て急に右へと傾倒した(?)のは面白い動きだ。華やかなボーカル曲や,かわいいチップチューンに染まっていた頃の面影はもはや微塵も無く,ただひたすらにアブストラクティブに,最小限の響きによって己の音楽を聴かせるユニットへと変容を遂げている。
今作の中でも個人的に最も面白かった曲は,6曲目の "Woods, river and alcohol" だ。単純な音に対してツマミの変化だけでグルーヴを作り出していく手法は,これ以上無いくらいに質素ではあるけれど,慣れると何とも言えない味わいが感じられるようになってくる。音を幾重にも使った派手な曲には,このような味を出すことはできない。必要最小限の要素で構成された音楽だからこそ味わうことのできる技巧が,ここにはあると感じられる。
ポップ路線の OVERROCKET を期待していた人々にとっては,このアルバムは少し期待外れのものかもしれない。しかし,より深く突き進んだエレクトロを期待していた人々にとっては,新たな境地へと達した OVERROCKET を感じ取ることができるのではないかと思う。少なくとも,前作の見事な4つ打ち構成から本流への回帰を期待していた自分にとって,今作はまさに期待通りの一作であると言うことができる。
こんな感じで Amazon で CD を漁りつつも,たまにインディーズ/アマチュア系のアーティストもチェックしてみている。最近は,新しいお気に入りのアーティストを見つけることはできていないものの,停滞気味だったユニットが再び活動を始めていたりして嬉しいこともあった。
http://artist-debut.net/art_frame.asp?a=10548
http://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a000105
また,随分と前の話になるのだけれど, Campanella のラストアルバム "SoulS" も非常に良い作品だった。
http://www.studio-campanella.com/campanella/cpnl0006/
氏の作品の特徴は,それぞれの楽曲が非常に印象的な風景を作り出していることにあると感じられる。それゆえに,記憶の中に深く刻み込まれるものが存在する。きっと,死ぬまで記憶の中に残り続ける音楽が,このアルバムの中には幾つかあることだろうと思う。
http://www.studio-campanella.com/sounds/chikai_(blue_and_bea...
2004-11-23

今日は久々のまともな休日だったので,以前からプレイしようとしていたゲーム "Full Spectrum Warrior" を始めてみた。
http://www.kids-station.com/game/fsw/index.html
Full Spectrum Warrior (以下 FSW)の PC 版は,メディアクエストから日本語版が販売されている。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0006B0BHK
http://www.4gamer.net/review/fsw/fsw.html
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20041006/fsw.htm
上記公式サイトからは体験版をダウンロードすることもできる。チュートリアルと最初のミッションが収録された,かなり本格的な体験版だ。購入の参考にするのも良いと思うし,たとえ購入する気が無くとも, FSW の特異なゲームデザインを体験してみるのも一興なのではないかと思う。
FSW は, MOUT (Military Operations in Urban Terrain) と呼ばれる市街戦のシミュレートを題材として扱った戦術ゲームだ。プレイヤーには「アルファ」と「ブラボー」の2チーム計8人の指揮権が与えられる。これらのチームを操作することによって,様々な MOUT ミッションに立ち向かっていくことになる。
FSW の最大の特色は,戦略的な行動に主眼がおかれているという点にある。 TPS (3人称視点シューター)のような見た目とは裏腹に,プレイヤーがキャラクターを直接に操作することは一切無く,ストラテジーゲームのように「ここへ移動しろ」「これを攻撃せよ」というような指令を与えることによって間接的な操作を行うことになる。
そのため,このゲームからは,アクションゲーム的要素は一切排除されている。いくら射撃技術に優れていても,遮蔽物に隠れた敵を撃つことは出来ないし,いくらマウスさばきに優れていても,なんの援護も無しに敵前に身をさらせば確実に撃たれてしまう。2人倒れたら即ゲームオーバーという厳しいルールだから,無鉄砲になることも決して許されない。ミッションを完遂させるには,敵を倒すための戦術を確実に実践していく必要がある。その点こそが,このゲームの MOUT シミュレータたる所以であるということだ。
2004-11-24
今,北米のゲーム業界において, LiveJournal に投稿されたある一通の記事が,巷の話題を呼んでいる。
http://www.livejournal.com/users/ea_spouse/
この投稿記事 "EA: The Human Story" において, EA 社員の配偶者を名乗る "ea_spouse" 氏は,自身の配偶者に対して強いられた過酷な労働時間に関して悲痛な訴えを述べている。
この匿名投稿だけでは,よくある「業界残酷物語」の1つとして終わってしまうのだけれど,今回,この話題は単なるゴシップの枠にはとどまらず,実社会にも飛び火を始めようとしている。先日も,一般紙である New York Times において "When a Video Game Stops Being Fun" という題名でこの話題が取り上げられていた。
http://www.nytimes.com/2004/11/21/business/yourmoney/21digi....
実は, EA 社の過酷な勤務体系に対する訴えは今に始まった話ではない。例えば今年の夏にも, Maxis 社の The Sims 2 チームに所属する Jamie Kirschenbaum 氏が中心となって集団訴訟を起こす動きがあった。
http://www.gamespot.com/news/2004/11/11/news_6112998.html
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000050156,20075773,0...
これらのいずれにも共通しているのは,非常に過酷な労働を強いられたにも係わらず,超過勤務手当や代休の類が与えられることは無かったという訴えだ。 ea_spouse 氏によれば,「本当の修羅場」に突入すると,朝9時から夜10時までの勤務を週に7日間続けることが義務化し,週 85 時間勤務は当たり前の状態になると述べられている。これが,明確な終わりを設定されることなくズルズルと続くというのだから,相当に辛い状況だ。終着点が明らかにさえなっていれば,この程度の修羅場は「よくあること」として済ますこともできる。しかし,氏の投稿に述べられているように,締め切りの延長と修羅場の泥沼化が繰り返されるとなると,これはもう立派なデスマーチであると言うことができる。
どうやら, EA 社が超過勤務手当の支払いを拒否している根拠は,カリフォルニア州法 (Senete Bill 88) によって超過勤務手当の免除が認められている「特殊な業種」にゲーム制作業務が該当すると解釈している点にあるようだ。
ちなみに,これと同様の解釈は日本国内でも通用する。労働基準法では裁量労働制の一種として「企画業務型裁量労働制」が規定されており,この適用範囲に「ゲーム用ソフトウェアの創作の業務」を含めるという改正が 2002 年に行われている。
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/roudou/kikaku/
この改正によって,「ゲーム制作は情報処理システムの設計の一種である」というような遠回しな解釈を行わずとも,堂々と裁量労働制を適用することが可能となった。裁量労働制が適用されることによって,勤務体系に関して束縛は無くなるものの,それと同時に「みなし労働時間」を適用することによって,超過勤務は存在しないと「みなす」ことも可能となる。
http://tamagoya.ne.jp/roudou/064.htm
http://tamagoya.ne.jp/roudou/065.htm
改正の際に行われた意見公募のやりとりは非常に興味深い内容だ。
http://www.mhlw.go.jp/public/kekka/2002/p0123-1.html
自分は,まさにこの規定が適用された形態によって雇用されている。現時点では,そのことに関して不満は(ほぼ)無い。しかし,総合的に見て裁量労働制が良い結果を招いているかと問われれば,必ずしもそうとは言えない側面が存在する。少なくとも「労働時間が短縮される」と確信することは難しいのではないかと思う。
2004-11-27
先日,連合総合生活開発研究所から公表された「勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート」によれば,賃金不払い残業(いわゆる「サービス残業」)は,支給対象者の 36.8% にも達するという結果が報告されている。
http://www.rengo-soken.or.jp/houkoku/kinroukurashi/enquete/N...
賃金不払い残業が存在する理由としては,「残業時間の限度が決められているから」が 38.8% で最も多く,それに次いで「残業手当の支払いに上限があるから」,「上司の対応等の雰囲気から残業手当を申請しにくい」がそれぞれ 30% を超える解答を得ている。これらの結果から,残業手当を受給する意思がありながらも,周囲の環境がそれを妨害しているケースが多いということが分かる。また,残業時間が長くなるほど賃金不払いの割合が高くなるという結果も報告されており興味深い。この相関性に関して分析は提示されていないものの,残業代が出ないことがかえって残業を促進させているという側面があるのではないかと考えられる。
残業が発生する理由としては,「仕事量が多いから」が 49.1% と大多数の解答を得ており,それに次いで「突発的な仕事があるから」が 34.1% を得ている。その下には「仕事を納得できるように仕上げたいから」「勤務時間外でないとできない仕事があるから」等の理由が挙げられているものの,その割合は比較的小さい。やはり,義務的に課された仕事をこなすために残業するというケースが主であり,個人的な理由によって残業するケースは少数派に属するようだ。
また,労働時間制の質問では,「普通の労働時間制」が 50.3% と過半数を占めており,裁量労働制は僅かに 2.8% でしかない。フレックスタイム制の導入率も 10% 程度と低くなっており,ソフトウェア産業に限定すれば普及の進んでいるフレックスタイム制も(既に過半数を超えているという調査結果もある),社会全体で見れば少数派であることが分かる。
自分の周囲を見た場合に,労働時間が膨らむ理由として考えられるのは,やはりまず絶対的に仕事量が多いことと,それに対して費やされる労力も大きくなりがちであることが挙げられる思う。たとえ同じ量の仕事でも,最低限の労力で素早く仕上げてしまう場合と,品質に満足できるまで労力を注ぎ込む場合とでは,要される時間の長さは大きく異なってくる。これは,喩えを持ち出せば石を磨く作業のようなもので,単に丸い石を削り出すにはそれほどの時間は必要とされないものの,人々が驚くような輝きを持つ玉を作り出すには,相応の時間をかけて丹念に磨き上げる必要がある。
そこにどの程度の労力を費やすことが適切であるかは,製品の狙いによって異なってくるため,一概に何が良いと言うことはできない(もちろん,何でもかんでも満足するまで時間をかけてしまうのは明らかに間違いだ)。ただ,労働時間が膨らんでしまうのは,より優れた製品を作り出したいという願望や,優れた製品を作り出さなければならないという義務感から導かれる結果であることには違いないのではないかと思う。
問題は,このような制作者側の献身に対して,会社側が何も報いていないと感じられた場合に発生する。件の記事の投稿者である ea_spouse 氏は,チームに対しては尊敬の念を表しながらも,その人々の献身に対して会社が十分に報いていない現状に対して嫌悪を表している。
このような不満に対する会社側の反応は,「もし嫌なら,どこか他で働けば良い」というものであったと ea_spouse 氏は告白する。しかし,ここでもし仮に,都合よく好条件の転職先が見つかったとしても,氏の配偶者が転職するとは限らないだろうと思う。製品の完成まで見届けなければならないという義務感はもちろんのこと,チームに対する尊敬の気持ちや,タイトルに対する愛着が存在するならば,そのような環境から離れることは決して簡単な判断ではないと考えられる。
きれいごとは一切抜きにしたところで,ゲーム制作という行為に対して何の意義も見出さぬままこの産業に残っている人は,やはり極めて少数であろうと思う。それが故に,この産業に係わる人々は,己の才能や生活の一部を会社に対して捧げることが前提条件となってしまっている節があるように感じられる。もちろん,その献身に対して会社が十分に報いることができていれば,多少の重労働に対しても不満が生じることは無いはずだ。しかし,その献身が報いられず,むしろその献身に付け込まれて不当に搾取されていると感じられたとき,不満が噴出することになるのだろうと思う。
2004-11-28

先日, FL Studio の Version 5.0 がリリースされた。
http://www.hookup.co.jp/software/fl45/main.html
購入以来,なかなか触る時間が無かったのだけれど,新バージョンがリリースされたのをきっかけにして,本格的に使い始めてみている。
FL Studio は,ベルギーの Image-Line software 社から販売されている統合型音楽制作環境だ。元は "Fruity Loops" という名前で開発されていた小規模なシーケンサソフトだったのだけれど,様々な機能を追加していくうちに大規模化し,今では "Studio" の名を持つまでに至っている。
基本的な仕様を列挙する限りでは,パターンシーケンサーとソフトウェアシンセサイザーを主軸とした普通の統合環境のように見えるのだけれど,実際に触れてみると,これがかなり特異な趣を持つソフトウェアであることが分かってくる。下記ページの紹介ビデオなどを参照してみると分かりやすいかもしれない。
http://210.143.110.247/special/movie/acidfl02.wmv
http://www.dtmm.co.jp/special/acif22.shtml
FL Studio には,音源として単純なサンプラーと数種類のソフトウェアシンセが搭載されており,その音を加工するためのエフェクター類と,それらを制御するためのシーケンサーとミキサーが統合されている。更に,上位モデルの "Producer Edition" では,オーディオトラックのサポートと組み込み波形エディタの追加が行われており,レコーディング環境のような使い方もできるようになっている。もちろん VST や ReWire 等のプラグイン・アーキテクチャにも対応しており,これらのプラグインのホスト環境としても利用することも可能だ。
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20030804/dal110.htm
http://www10.tok2.com/home/nekketsu/music/sakekan/flstudio/i...
また,機能以外に注目すべき点として,コストパフォーマンスの高さがある。基本モデルの "Fruityloops Edition" は $99, 上位モデルの "Producer Edition" は $149 に設定されており,同種の DTM ソフト群の中でも最も安い価格帯に入る。また,サポート方針として "Lifetime Free Update" をうたっており,将来に渡って無償でバージョンアップを受けることが可能となっている。この手のソフトウェアは何かとバージョンアップやモデルチェンジが多いため,無償のバージョンアップサービスは意外に大きな要素であると感じられる。
ただし,日本の代理店から購入してしまうと,無償バージョンアップサービスが受けられなくなるうえに,価格も倍近くまで高くなってしまうので注意が必要だ。どうしても日本語マニュアルが欲しい場合を除いては,本家サイトからオンライン登録を行うことが勧められる。
自分の場合は,ソフトウェアシンセ環境というよりかは,むしろレコーディング環境として購入したという側面がある。組み込みの波形エディタはやや機能不足でありながらも存外に使いやすく,エフェクト類も基本的なものは一通り揃えられているため,音の加工には苦労しない。また, VST プラグインのホスト環境として最も安価な製品の1つであるという点にも注目した。
実際には,この結論に至るまで色々と迷うこともあったのだけれど……今では, FL Studio という選択は自分にとってベストチョイスであったと考えている。あとは,今後の更なる発展に期待したいと思う。
2004-11-30

海外のニュース記事などに目を通していると,時折,テーザー銃 (Taser gun) に関して言及しているのを目にすることがある。先日も,映画「ペイチェック」の DVD を観ていて,警察官が主人公に向かってテーザー銃を発砲するシーンが描かれているのを目にした。どうやら,アメリカにおいてテーザー銃は既に日常的な存在となりつつあるようだ。
テーザー銃とは,遠隔式のスタンガンの一種だ。ガス圧によって針状の電極を飛ばし,最大で5m程度まで離れた目標に対して電撃を食らわすことができる。開発・製造および販売は米 Taser International 社によって行われており,事実上この1社による独占状態となっているようだ。ちなみに "Taser" とは "Thomas A Swift's Electric Rifle" の略であり,ビクター・アップルトンのSF小説に登場する主人公の武器に発想を得ていることから,この名前が付けられている。
拳銃等の一般的な銃器と比較して致死性が低く,抑止力が高い(身体のどの部位に当たっても一定の効果が得られるため,銃器よりも抑止力は高いと考えることができる)ことから,警察や刑務所を中心として広く普及が進められている。また,テーザー銃の武器としての扱いは州によって異なるものの,多くの州においては無許可で携帯することが可能であるため,一般市民向けの護身用の武器としても普及が進められているようだ。
テーザー銃および各種スタンガンの基礎知識に関しては, Wikipedia および Howstuffworks の記事が参考になる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Taser
http://www.howstuffworks.com/stun-gun.htm
また, Taser 社の現行モデルである "X26" の紹介用バーチャル・ツアーのページも参考になる。
http://www.taserx26.com/03.html
一見すると,テーザー銃は理想的かつ人道的な武器の形態であるように思われる。もし,売り文句の通りに,相手を物理的に傷つけることなく無力化することが可能とあれば,警察業務等に多大な恩恵がもたらされるはずだ。現に Taser 社によれば,テーザー銃の特徴である致死性の低さと抑止力の高さによって,警官の安全性は大幅に向上し,死傷率は低下したと主張されている。
しかし,テーザー銃も完璧なわけではない。 New York Times の記事 "Claims Over Tasers' Safety Are Challenged" によれば,テーザー銃の安全性に関する検証は未だ不完全なものであり,「致死性は無い」と主張するには不十分であることが指摘されている。
http://www.nytimes.com/2004/11/26/business/26taser.html
http://209.157.64.200/focus/f-news/1289136/posts
記事によれば, 2001 年以来テーザー銃によって約 70 人が死亡している(死因のほとんどは心臓麻痺および呼吸停止)ほか,空軍研究所の調査では低確率ながらも「予期せぬ結果」を招く可能性があると指摘されている。
また,テーザー銃の持つ安全なイメージは,武器の安直な運用を招いてしまっているという側面もあるようだ。 Detroit Free Press の記事によれば,授業中にゲームボーイを止めなかった14歳の少年が,校長室で暴れた挙句にテーザー銃で撃たれるという事件があった。
http://www.freep.com/news/locway/taser20e_20041120.htm
また,今月に入ってからフロリダはマイアミにおいて,警官が6歳の子供と12歳の少女に対してテーザー銃を発砲するという事件が相次いで発生した。
http://www.cnn.com/2004/US/11/12/child.tasered.ap/
http://www.infowars.net/Pages/Nov_04/131104_tasers.html
前者の事件では,ガラスの破片による自傷行為で脅しをかけてきた6歳の少年に対して,行為を止めさせるためにテーザー銃が利用されている。後者の事件では,単に補導から逃れようとした少女を捕まえるためにテーザー銃が利用されている。前者に関しては,やむを得ない運用であるという警察側の主張が提示されているものの,後者に関しては,警官の明らかな判断ミスであるという結論が導き出されているようだ。
テーザー銃は,単に身体を麻痺させるというだけではなく,激痛による無力化を狙っている側面もあるため,拘束の道具という以前に,暴力の延長線上に存在するものと考えることができる。また,危険性(致死性)に関して十分な検証の行われていない点からも,安直な利用は避けられるべきであると言うことができる。